源雪翎 发表于 2009-7-12 16:35

【原创翻译】浪人家纹中日对照版(完成)

为了普及家纹知识,弄了一个礼拜,把浪人家纹的日文介绍全部汉化,请各位参阅。



目录

0楼——植物纹
1楼——动物纹
2楼——建筑纹、文字纹
3楼——器物纹
4楼——几何纹、自然纹







植物纹

葵(あおい):葵といえば、誰でも時代劇でご存じの徳川家の三葉葵が思い浮かびますね。江戸時代、葵紋は徳川一族以外には御法度で、将軍家の権威そのものでした。もともとは二葉葵紋または加茂葵紋と呼ばれ、京都は加茂社の神紋であり、加茂社と縁の深い神社はすべてこの紋を用いており、京都には徳川氏に縁のない使用家があります。徳川氏が葵紋を使うようになったのも、三河国松平郷が賀茂神の神領で、松平氏はその有力な氏子であったことがその理由とされています。
说到葵,大家都会不禁联想到时代剧中的德川家所用的三叶葵。江户时代的葵纹是外姓武士必须遵守的标志,是德川将军家权势的象征。本来二叶葵纹又被称为加茂葵纹,作为京都加茂神社的神纹,与加茂社有所关联的所有神社都使用葵纹,另外在京都也有与德川氏毫无关系的家族使用此纹。三河国松平乡是贺茂神的神领,松平氏作为贺茂氏的一支,因此也使用葵纹。

麻(あさ)、朝顔(あさがお)、葦(あし):
记事资料正在制作中,请稍等,敬请关注。

菖蒲(あやめ):菖蒲はもともと中国から伝来した行事「端午の節句」に欠かせない邪気払いの植物としてよく知られており、平安時代から文様として使用されています。家紋としてはポピュラーではありませんが、器物や焼き物の絵柄としては現在でも人気があります。
菖蒲本来是中国端午节时人们用来驱除邪气的植物,平安时代传入日本后被用作纹饰,并没有被广泛用于家纹,而是用作器具和陶瓷器上的花纹,直到现在都很受欢迎。

芭蕉(ばしょう):異国情緒たっぷりの家紋です。古い紋帳には見あたらないことから、成立は後生とされています。別名を優曇華ともいうそうです。
充满异国情趣的家纹。不属于古代家徽谱系,是较晚出现的家纹。又称作“优昙花”。

牡丹(ぼたん):牡丹は中国原産の花で、富貴長寿のシンボル、百花の王として愛されました。唐との文化交流により日本に伝来しましたが、そのゴージャスな美しさから早速日本でも栽培され、平安貴族の詩に詠まれたり、衣服の文様として盛んに用いられました。公家の近衛家の正紋として、江戸時代には菊、桐、葵の紋についで権威がありました。
牡丹原产自中国,是富贵长寿的象征,被誉为百花之王而受到众人的喜爱。通过与唐朝的文化交流传入日本,由于其华贵典雅的美而迅速风靡全日本,平安贵族赋诗以咏,日本开始流行种植牡丹,也开始流行有牡丹纹饰的衣服。它是公家近卫家的家纹,在江户时代具有与菊、桐、葵相近的权威。

茶実(ちゃのみ):家紋として成立した由来は定かでないとされています。茶は霊験あらたかな高貴薬として伝来しましたから、その効用にあやかったという説もあります。図形は橘紋とよく似ています。
茶实成为家纹的缘由尚无定论。据说茶是从中国传来的一种灵丹妙药,有非常神奇的功效。图案跟橘纹很相似。

藤(ふじ):日本十大紋の一つです。藤は風にそよぐ紫色の花弁がなんとも優雅な姿であるだけでなく、長寿で繁殖力の強い植物でもあります。平安時代には既に衣服の紋様として使われていた記録があります。藤原の里を下賜された中臣鎌足の末裔である藤原一族がもちいた紋の一つで、藤原氏がとても栄えたことから、それにあやかる意味もあって、藤紋が普及していったとされています。紋の形状としては花弁が垂れた下がり藤が基本ですが、下がるという言葉を嫌って、上がり藤などのバリエーションも作られました。
日本十大家纹之一。紫色的花瓣随风摇曳、姿态优雅,又是一种生命力和繁殖力极强的植物。有记录表明,平安时代藤已经被用作衣服上的纹饰了。一方面是因为藤原镰足被赐封藤原之里,藤原一族才开始使用藤作家纹;另一方面,由于藤原家象征着至高无上的荣誉,为了仿效其家纹,越来越多的家族开始使用藤纹。藤纹的基本形状应该是藤花瓣下垂的样子,但是由于人们讨厌下垂之词,许多人又设计出花瓣上扬的藤纹来。

萩(はぎ):ご存じ秋の七草の一つですね。その可憐な風情が古代から風流人に愛され、器物や衣装などの文様として利用されてきました。家紋としては抱萩、萩丸、割萩、束萩などあります。
秋天七种花草之一。由于其惹人怜爱、情态万千,自古以来受到风雅之士的喜爱,广泛用于器具和衣服的装饰物。抱萩、萩丸、割萩、束萩等可作家纹。

花菱(はなびし):菱紋のバリエーションの一つです。菱形の文様を四分してそれを四弁の花に見立てています。唐花菱、唐花とも呼ばれており、もともと大陸伝来の文様とされています。よく似た紋に花角紋がありますが、花角が角が立ち正方形の形になっていることに対して、花菱は菱の形になります。菱と云えば武田菱が有名ですが、この花菱は武田家の裏紋でも知られています。また花菱は江戸時代、商人に好まれた家紋でもありました。
菱纹的变种之一。把菱形的纹饰一分为四,看起来就像四片花瓣一样。这种纹饰原来被称为“唐花菱”,也叫“唐花”,是从大陆传过来的。虽然很像花角纹,但与呈正方形的花角不同,花菱是呈菱形的。武田家的菱纹很有名,花菱是武田家的里纹。而且花菱在江户时代也是深受商人们喜爱的家纹。

花角(はなかく):菱紋のバリエーションの一つです。よく似た紋に花菱紋がありますが、花菱が菱の形になっていることに対して、花角は角が立っており正方形の形になります。
菱纹的变种之一。很像花菱,与呈菱形的花菱不同,花角是呈正方形的。

蓮(はす):原産地はインドといわれ,日本には中国を通じて伝わりました。仏像の台座に蓮華座というのがありますが、蓮華とは蓮の花そのものを指す言葉です。家紋として成立は明らかでありませんが、仏教との関わりが深く、華やかかつ清純な花弁が愛されたからでしょう。ちなみにレンコンは蓮根、つまり蓮の根茎のことです。断面が蜂巣のようですね。ですから蓮のことを別名ハチスともいいます。
原产地是印度,经过中国传入日本。佛像的底座被称为莲华座,莲华指的是“莲之花”。与佛教渊源颇深,从而成为家纹的,清新纯洁的花瓣想必也受到世人的喜爱吧?花瓣连接着莲根,也就是莲的根茎,横截面像是蜂巢,因此蜂巢就成了它的别名。

柊(ひいらぎ):柊はモクセイ科の常緑樹で、葉の縁には鋭いとげがあります。日本書紀には柊で矛を作ったという記述がありますし、平安時代には節分の豆まきに戸ごとに柊をさしたという故事がありますから、柊には破魔の功徳があると信じられていたようです。この柊パワーが家紋として用いられるようになった由縁でしょうか。戦国時代には既に使われていたようです。
柊是木犀科的常绿植物,叶子尖而绿。《日本书纪》中记录,柊可以制作成矛,平安时代流传着节气播种豆、门前种植柊的说法,因为人们相信柊可以去除邪气和鬼怪。这就是用柊来做家纹的原因了吧?似乎这种家纹在战国时代已经被使用了。

瓢(ひょう):瓢箪はひさご、ふくべともいい、人為的に夕顔を変種させたものです。巻き寿司の具になるかんぴょうの仲間です。古代から酒の具として用いられ、酒にも縁が深く面白い形であるところが、家紋にされた由縁でしょう。ユニークな形にもかかわらず、神社や社家でも使われていますし、豊臣秀吉の千成瓢箪はあまりにも有名ですね。
瓢箪(葫芦)是人为嫁接夕颜所得,可以制成卷寿司佐料葫芦干。自古以来被用作酒具,颜色深绿、形状有趣,大概因为这点人们才仿照它的样子设计家纹的吧?尽管形状奇特,神职人员还一直使用它,丰臣秀吉的千成瓢箪可是非常有名的哦。

稲(いね):稲は主食であることからして、日本人に最も身近な植物ですから、古くから紋に使われています。元来、農業の守り神である熊野神社に奉仕する神官、氏子などに用いられ、熊野信仰の普及にともなって全国に広まりました。積んだ稲穂は穂積とも鈴木ともいいます。鈴木はススキの当て字で、名字としても全国に普及し、稲紋は日本第二の大姓「鈴木」一族の代表紋になっています。意匠的には具象的な稲穂を束ねて丸型にしたものが基本形で、他の紋と組み合わせたものも多くみられます。
【代表的家名】鈴木・穂積・大岡・米倉・松下・亀井・稲富・稲荷・稲持・米野氏など
稻是与日本人关系最密切的植物,是他们的主食,自古以来就一直将其作为纹饰。稻原本是侍奉着农业守护神熊野神社的神官和居民所用的纹饰,随着熊野信仰的普及稻纹的使用也遍及全日本。堆积的稻谷可称为“稻穗”或“铃木”。铃木(すずき)是芒草的借用词,成为普及全日本的姓氏,稻纹也成为日本第二大姓氏“铃木”的代表家纹。稻纹的基本形是将稻穗别出心裁地捆成圆形,和其他纹饰搭配组成多种家纹。
代表家名:铃木、穗积、大岡、米仓、松下、龟井、稻富、稻荷、稻持、米野氏等

虎杖(いたどり):虎杖は山野に広く自生し、食用にもなる植物です。その強い繁殖力から吉祥とされ、未開地の開墾に当たる部族が使用したと云われています。
虎杖は山野に広く自生し、食用にもなる植物です。その強い繁殖力から吉祥とされ、未開地の開墾に当たる部族が使用したと云われています。
虎杖在山野中自生自长、随处可见,是一种可以食用的植物。据说由于它有很强的繁殖力,被当作吉祥的象征,为开垦新土地的部族所使用。

銀杏(いちょう):秋も深まると、銀杏の黄金色の葉がはらはらと落ちる風情はなんともいえませんね。銀杏は元々、外来植物で宋の国から日本へ伝わりました。古来から神木として祭られる事が多く長寿のシンボルになっていました。独特な扇型の葉は、家紋の図案としてユニークなため、たくさんのバリエーションを生んでいます。日光東照宮にも銀杏紋がみられるため、徳川氏が松平氏に入婿し葵紋を掲げる以前は銀杏紋であったという説もあります。
步入深秋,银杏的叶子变成了金黄,纷纷飘过,这样的风情很难用语言来形容。银杏原来是中国宋朝的时候传入日本的,自古以来在祭祀中都扮演了象征长寿的神木角色。为了让家纹的图案更与众不同,独特的扇形叶子就有了很多变形。据说,为了将银杏纹引入日光东照宮,德川家入赘松平家并采用之前的银杏纹。

楓(かえで):山が紅く染まるのは本当に美しいですね。平安時代には「紅葉の賀」が催されるなど、古来から紅葉(もみじ)は日本人に親しまれていたようです。そういったことで貴族の間では、衣服の文様として愛用され、やがて家紋に転化したとされています。紅葉(もみじ)は特定の植物名を差すものではありませんが、家紋では「楓の葉」が使われています。葉単独のもの、葉と枝の組み合わせたもの、蝶形にしたものなど様々なバリエーションがあります。
又称“红叶”(もみじ)。山林尽染,火红一片,无比美丽。自古以来日本人就对枫叶有特殊的好感,比如平安时代举行的“红叶贺”,贵族之间互赠红叶,用作衣服的纹饰等等。之后红叶转化为家纹。红叶并非特定的植物名,用在家纹上称之为“枫之叶”。枫叶有各种变形,其中有单独的叶子,有枝叶组合的形状,也有打成蝴蝶结的形状。

梶(かじ):梶は桑科の植物で、初夏に緑色の花を咲かせます。とても面白い形をした葉が特長です。和紙の原料にされるほか、古代から、神に捧げる神木として尊ばれ、その葉は神前に供える食物の器の代用にもされました。梶紋は信州諏訪神社の神紋であるため、諏訪神社信仰から全国に広まりました。船の神棚に梶の葉が奉られるのは諏訪信仰の名残りです。
梶是桑科的植物,绿色的花会在初夏时绽放,叶子形状很奇特。梶不仅是和纸的原料,而且自古以来作为神木进献给神明,用来制作供桌上的食具。梶纹是信州诹访神社的神纹,神社的信仰传遍了全日本。在船上的神龛里供奉梶叶是诹访信仰的残余。

杜若(かきつばた):杜若は花の姿がとても優雅で万葉集にも歌われています。王朝時代にはすでに衣服や輿の装飾文様として、公家に愛用されていました。これが後に家紋に転用したわけですが、武門を誉れとする武家には使われず、用いるのは公家に限られたようです。
杜若花的姿态优雅,在万叶集中常被颂咏。由于其受到公家贵族的喜爱,王朝时代已经作为衣服和轿子的装饰纹样了。之后只是用作公家的家纹,而并非作为象征荣誉的武家家纹。

柏(かしわ):柏餅といえば端午の節句ですね。古代から柏の葉は、神前に供物を供えるとき器代わりに用いられ、神聖なものとして尊ばれたそうです。鎌倉時代には、すでに武家が文様として用いています。三葉よりなる三つ柏がよく知られていますが、とてもバリエーションの多い家紋の一つです。
说到柏饼就想到端午节了。自古以来,柏树的叶子一直用来代替供奉给神的器具,作为神圣的物品而受到人们的尊崇。镰仓时代成了武家的家纹,柏纹一般来说都是三片叶子的,是一种变形多样的家纹之一。

片喰(かたばみ):片喰は酢漿草、鳩酢草とも書き、その優雅な形状からか古来から人気があり、文様としては平安、鎌倉時代から車や輿に多く用いられていました。片喰は荒地や畑に群生する繁殖力の強い雑草の一種で、子孫繁栄を意味するとも云われています。ソフトなイメージにも関わらず、多くの武家に愛用されましたが、バリエーションとして、より武門を強調する剣を付けた剣片喰紋もあります。日本十大紋の一つで桐紋についで広く愛用されており、山陰、北陸地方に多い紋とされています。片喰は西洋の花言葉では「賢い婦人」といいます。ハート形ですから女性に好まれますし、なかなかお洒落ではないでしょうか。
片喰也可以写作,酢浆草或鸠酢草,形态优雅,受到了古人的推崇。平安、镰仓时代以来就作为车和轿子的纹饰。片喰是一种滋生在荒地和田野里生命力很旺盛的野草,象征着子孙繁荣。由于其外表柔弱,为武家所喜闻乐见,它有许多变种纹样,尤其可设计成对武家最重要的剑片喰纹。片喰和日本十大纹之一的桐纹一样受到广泛喜爱,在山阴和北陆地方尤其多见。片喰的西洋花语是“聪明伶俐的女子”,大概是因为其形状像是一颗心,尤为女性所爱,而得出的诙谐之意吧?

剣片喰(けんかたばみ):片喰紋のバリエーションです。片喰紋はとてもソフトなイメージですが、剣を付けた剣片喰は、それよりも強い印象を与えます。宇喜多直家の紋として有名です。
参考片喰。片喰纹的一种变形。片喰纹的姿态太柔弱了,因此就将其设计成更坚强的形状。作为宇喜多家的家纹而闻名于世。

菊(きく):中国において観賞用とされていた菊が、日本に伝来したのは平安時代中期で、古くは延命長寿の薬餌として用いられました。また当時の流行文様として衣服や甲冑に用いられたともあります。後鳥羽上皇がとくに菊を愛され、日常品にまで菊花紋を入れられたのは有名な話で、鎌倉時代末に皇室の私的な専用文様になりました。昔は一般でも菊紋を用いていましたが、明治二年、菊花は皇室の紋章として制定されたため、一般人の使用は禁止されました。皇室紋章との類似を避けたためか、菊紋には多くのバリエーションが見られます。
菊在中国是一种观赏用植物,平安时代中期传来日本,被用作延念益寿的灵药,也作为衣服和甲冑纹饰。后鸟羽天皇特别钟爱菊,据说他把菊作为日常用品的纹饰,在镰仓时代末成为皇室纹饰。以前普通人都可以用菊纹,明治二年,规定菊纹为皇室专用纹章,禁止普通人使用菊纹。为了避免和皇室纹章相同,菊纹出现了许多种变体。
菊水紋 中国古来の瑞祥思想に基づくものとされ、菊と水の流れの文様を組み合わせた菊紋の一種。楠木氏一族で有名な紋で種類は少ない。
菊水紋:产生于中国古代的祥瑞思想,是菊和流水的组合体。是著名的楠木家家纹,种类很少。

桔梗(ききょう):桔梗は秋の七草の一つで、可憐で紫色の花はいかにも優しげです。江戸時代、家紋を衣服につけるのは男性に限られていたので、婦人は桔梗の花を、線書きでやや小形にしてしたものを用いました。そのため桔梗紋は代表的な女紋の一つとされています。武士でこの紋を用いたのは清和源氏の土岐氏で、戦国時代には土岐氏の流れを汲む明智光秀が水色桔梗紋を用いたことは有名。同じく信長に仕えた柴田勝家もこの紋所です。
桔梗是秋天七种花草之一,紫色的小花惹人恋爱、尤其美丽。江户时代禁止男性使用桔梗做家纹和衣服纹饰,女性则是用小型的桔梗花,因此桔梗纹就成了代表性的女性纹饰之一。清和源氏流土岐氏用桔梗作为武家家纹,战国时代土岐家嫡流明智光秀的家纹就是蓝色的桔梗,同时也是信长家臣柴田胜家的家徽。

桐(きり):古代中国では、桐の木は想像上の瑞鳥「鳳凰」がきて「聖天子誕生、聖天子誕生」と鳴くめでたい木とされていました。そのため桐は聖天子のシンボルとなり、日本の皇室でも菊の紋章と並んで桐が副紋として使用されるようになりました。菊紋についで名誉ある紋として尊重され、後醍醐天皇から足利尊氏が賜っています。皇室が臣下へ、さらに下賜された武将がその臣下へ与えるというかたちで徐々に桐紋が増えていったようです。また豊臣秀吉が家臣に与えたことから西日本に多く見られます。花の数を単位とした五三の桐、五七の桐などがよく知られていますね。
古代中国人们想象凤凰站在桐木上,叫着“圣天子诞生、圣天子诞生”,因此桐就成了圣天子的象征,桐纹被用作仅次于菊纹的日本皇室纹章。后醍醐天皇将桐纹赐给足利尊氏,是因为桐纹和菊纹有着相同的权威。皇室赐予朝臣和武士的纹样中桐纹的数目与日俱增,丰臣秀吉还将此赐予西日本的众家臣。花的数目据说有五三桐和五七桐等几种形态。

河骨(こうほね):河骨は睡蓮の仲間で池や小川に自生する多年生の植物です。里芋によく似た葉をもち、春から夏にかけて黄色い花を咲かせます。葵紋とよく似ていますが、葉脈が主脈から左右に出ている点が違います
河骨是在池塘和小河中自生自长的植物,睡莲属于同一种类型。叶子很像芋头,黄色的花朵春天开放夏天凋谢。河骨纹类似葵纹,不同的是叶脉从主轴向周边蔓延。

胡桃(くるみ):胡桃は落葉高木で高さ20mにも育ちます。木材としては、狂いが少なく粘りがあるので家具などに用いられますが、私たちに馴染みが深いのは、やはりあの独特の風味をもつ果実ですね。風流で楽しい紋の一つです。
胡桃是一种约摸20米的落叶高木。虽然由于其树身歪斜,很少用来制作家具等物品,但胡桃跟我们仍旧关系密切,是一种风味独特的坚果。胡桃纹亦是一种风雅的家纹。

葛(くず):葛は八月頃に紫色の花を咲かせます。秋の七草の一つですから、風流を愛する古人が紋に取り入れたのでしょうね。花をあしらったものや、葉をあしらったデザインがあります
紫色的葛花开在八月,是秋天七种花草之一,古人是因其风雅而设计成家纹的吧?人们将葛纹设计成花瓣和叶子都向外绽放的样子。

松(まつ):松竹梅の筆頭に来るめでたい木です。常緑で樹齢が長いことから長寿の瑞木であり、門松飾りにも使われています。松紋は威厳のある姿を具象的に表現したものから、デフォルメされたものまで種類が豊富で、珍しい意匠のものが数多く存在します。松の木全体を描いたものは老松、若木を描いたものは若松、葉を櫛形に描いたものを櫛松と呼ばれています。
松竹梅之首。松是一种常绿并且长寿的祥木,经常被用作门饰。具体的松纹多被设计成有威严的样子,变化多样,别具匠心。人们描摹老松或幼松的整体形态,将幼松的叶子描摹成梳子状,因此也被称为“櫛松”。

松葉(まつば):この項参照→「松」
请参考“松”。

木瓜(もっこう):文様としては古く唐時代に用いられわが国へ伝来しました。木瓜とも記しますので胡瓜の切り口を連想しますが、本当は地上の鳥の巣を表現したものとされています。神社の御簾の帽額(もこう)に多く使われた文様であったので、もっこうと呼ばれるようになったと云います。鳥の巣は子孫繁栄を意味し、神社で用いる御簾は吉祥であるということから、めでたい紋とされ、織田信長を代表として家紋とした武家は多くあります。その幾何学的で図案化しやすい絵柄からも分かるように、大変バリエーションの多い紋です。
请参考“瓜”。唐朝用木瓜做纹饰,后来传到了日本。人们把木瓜纹联想成黄瓜的横切面,真实的样子却像地面上的鸟巢一样。多用作神社中竹帘的纹饰,通常称之为“帽额”。鸟巢象征着子孙繁荣,神社用之象征吉祥如意,以织田信长为代表的众武家都用它来做家纹。设计成几何形状的纹饰后,为了加以区分,又设计了许多变型。

桃(もも):桃は桜や梅と同じように美しい花を咲かせますが、古来実を食べれば長寿と魔除けになるとされていました。孫悟空が天上界で不老不死の桃を食べて、下界へ追放されたお話はご存じですね。これは中国のお話ですが、日本でも、イザナギノミコトが桃の実をなげて悪鬼を追い払ったという伝承神話(古事記)があります。邪気を払うという信仰的根拠とその果実の美しさから、家紋とされたのでしょう。神社の神紋に使われている事例があるぐらいで、とても珍しい紋の一つです。
桃花与樱花、梅花同样是花中极品,自古以来吃桃就有长寿和除魔等功效。民间流传着孙悟空在天界偷食不老不死的仙桃,被流放到下界的神话传说。这是来自中国的传说,《古事记》中记载着这样的神话故事:伊卉诺尊吃了桃子之后,从恶鬼的追赶中逃了出来。人们深信桃子能够驱除邪气,又因桃花的美丽而将其设计成家纹,用法相当于神社的神纹,因此是十分珍贵的纹饰之一。

茗荷(みょうが):日本十大紋の一つ。日本原産、秋の草花である茗荷は物忘れの妙薬としてよく知られていますね。また麻酔作用があること、邪気を払う草花をしても有名です。ミョーガという音は神仏の加護を意味する「冥加」に通じます。また煩悩を解脱させるとして民間信仰の対象であった「摩陀羅神」のシンボルが茗荷であるところから、神仏の加護を受けられる、縁起がいいということで茗荷紋が誕生したとされています。ですから神社や寺で使用されることが多い紋です。杏葉(馬具の一種)紋の形とよく似ていますが、見分け方としては、葉脈があるのが茗荷紋です。
日本十大家纹之一。茗荷是原产自日本的秋之花草,众所周知它是一种治百病的灵丹妙药,还有麻醉和驱邪作用。茗荷的发音同“冥加”(受神佛加护)相同,也象征着让百姓从烦恼中解脱出来的“摩陀罗神”。由于茗荷代表受神佛加护,因此用其设计家纹也象征着好兆头,神社和寺庙多用其作为神纹。和“杏叶纹”(一种马具)外形相似,通过有无叶脉来进行识别(茗荷纹有叶脉)。

撫子(なでしこ):秋の七草の一つです。撫子は古来より万葉集の和歌や枕草子に登場しますし、日本女性のことを「大和撫子」というぐらい日本人には馴染みの深い花の一つです。中国風の呼称は石竹とも呼ばれ、別名唐なでしこといいますが、双方同じものといって差し支えなく、撫子紋も石竹紋も同じ意匠のものが見受けられます。美しい花だけに家紋に多く採用されました。「マムシの道三」こと美濃の斎藤氏が名前に似合わないこの愛らしい紋を使っていたことが有名です。
请参考“石竹”。秋天七种花草之一。《万叶集》和《枕草子》中都有关于抚子和歌,日本有一位著名的女性名叫“大和抚子”,因此抚子和日本人的关系很密切。抚子汉名为石竹,为唐人所用,与和名并无区别,因此抚子纹和石竹纹都是按照特别的方式设计的。因其花朵美丽而被设计成家纹,“美浓腹蛇”斋藤道三尤其钟爱这与其称呼大相径庭的纹饰。

梛(なぎ):梛は竹柏ともいい、温暖な山林に自生するまき科の常緑樹です。大きく育つ高木で、古来より神木とされており、紀州熊野神社や大和春日大社の神木として有名です。
梛又称竹柏,是在温暖的山林中自生自长的常绿树之一。树身高大,自古以来一直被当作神木,有名的纪州熊野神社和大和春日大社将之作为神木。

南天(なんてん):寒い冬日にもきりりと引き立つ南天の赤と緑。南天の赤色の実は、昔は長寿厄除けとして祝賀の時に用いられたそうです。そのめでたさが家紋にふさわしいとされたのでしょう。女性に好まれそうな絵柄が特長です。
在寒冷的冬日里赫然挺立的南天,果实为红色,以前是用来祝贺他人长寿免灾的良物,因其吉利的象征义而被设计成家纹,尤为女性所喜爱。

梨(なし):梨には熱を下げ、せきやたんを鎮める薬効があるとされており、漢方薬にも「雪梨膏」という薬があります。漢の武帝は、咽喉頭炎や気管支炎を患う者を助けるため、庭園に梨の木を植えたという故事もあるぐらいです。一見、花弁に見える梨紋が、実は実の切り口をかたどったものであるのは、そういう薬効滋養の功徳を表現したものかも知れません。ところで梨はバラ科の植物だそうでで、楚々とした美しい花を咲かせます。
梨具有退热、镇痛的疗效,在中药可制作成“雪梨膏”。汉武帝时,治疗咽喉疼痛、头痛和支气管炎,于是都在庭院中种植梨树。梨纹乍看之下是花瓣,其实是仿照梨子的横切面设计的,表现其治病滋养的功效。梨又是蔷薇科植物,花朵楚楚动人、美不胜收。

茄子(なすび):初夢で見ると縁起がいいとされる「一富士、二鷹、三茄子」。一説には日本三大仇討ち(富士の裾野の曽我兄弟、鷹紋の赤穂浪士、茄子紋の「鍵屋の辻」の荒木又衛門)から取られたものという話しがあります。茄子は古くは「奈須比」とも称され、解毒剤として薬用に用いられたそうです。家紋として用いられるようになったいわれは明らかでありませんが、剽軽でふっくらした絵柄がなんともユーモラスですね。
初梦时(正月初一的梦)三件最好的事物“一富士、二鷹、三茄子”。有一种说法:这三种事物代表了胜利打败日本三大仇敌(富士纹——山脚下的曾我兄弟,鹰纹——赤穗浪人,茄子纹——键屋十字路口的荒木又卫门)。茄子古称“奈须比”,用作解毒剂。茄子是如何成为家纹的我们不得而知,但其家纹形状生动,诙谐有趣,也是一种幽默的体现。

薺(なずな):春の七草の一つ。田んぼや道端などに生える植物で、別名ペンペン草といえばお分かりでしょうか。紋は葉をかたどったものです。身近な植物を紋にした例ですが、結構武家に使用されたらしく、仙台の伊達氏も用いたという記録があります。
春天的七种花草之一,在农田和路边生长,大家都知道它的别名叫“弁弁草”吧?薺纹像是叶子,仿照身边的植物设计成家纹,为武家所用。据记载,仙台的伊达氏就以此作为家纹。

沢瀉(おもだか):日本十大紋の一つ。オモダカは池や沢、田んぼなどに自生するクワイに似た水草で、可憐な花を咲かせます。古くは王朝時代に貴族の車や武具の文様として用いられ、やがて家紋に転じたものと云われています。沢瀉は面高「面目が立つ」に通じるとか、葉の形が矢じりに似ている、別名「勝ち草」とも呼ばれるなどのことから、武人の家紋として普及しました。毛利元就が戦に臨む時に沢瀉に蜻蛉が止まったことを吉事として用いたという故事があります。
日本十大家纹之一。泽泻是在沼泽、池塘、田野中自生自长的小草,其花惹人怜爱。王朝时代用作贵族的车和武具上的纹饰,之后就用作家纹。泽泻是花草站立起来的姿态,叶子的形状像箭,别名“胜利草”,被武士广泛用作家纹。有一次,毛利元就在战场上,蜻蜓停在了泽泻上,认为这是吉祥之兆,这故事很快就流传开来。

蘭(らん):蘭は異国的な情緒のある花として、古くから日本人に知られており「日本書紀」にも記述が残されています。美しい姿で珍重された花ですが、やはりポピュラーでないせいか、蘭を家紋とした家は極めて少ないようです。紋としてはを写実的なもの、丸形や菱形などに抽象化したものがあります。
兰是一种具有异国情趣的花,日本人通过残留在《日本书纪》中的记录来了解它。兰是一种美丽而珍贵的花,因此而受到大家的欢迎,以兰作为家纹的家族极少。人们用写实的手法描绘兰纹,也用圆形或菱形来将之抽象化。

竜胆(りんどう):竜の胆と書いて中国語でリュータン、日本人はその音をリンドウと発音しました。晩秋に楚々とした紫の花を咲かせる野草で、葉が笹に似ているのでササリンドウとも呼ばれます。日本人には古来から愛され草花で、万葉集にも登場します。平安時代にはすでに紋様として、衣装・調度品・乗り物などの装飾に使われました。竜胆は源氏とゆかりの深い紋としてよく知られており、古くは源義経や木曽義仲、江戸時代には清和源氏ゆかりの武家がすべて用いたとされています。いまでも鎌倉市では市章に竜胆を使用しています。花と葉が織りなすラインが美しい紋ですね。
竜胆用中文读作“龙胆”,日语发音为りんどう。楚楚可人的紫色花朵在晚秋开放,叶子就像小细竹,也可以称之为“白花龙胆”。日本人自古以来喜欢花草,《万叶集》中经常出现花草的诗词。平安时代龙胆成了衣物、日常用品和交通工具的纹饰。龙胆纹自古以来就和源氏关系颇为密切,源义经、木曾义仲以及江户时代清河源氏流的武士都用此作为家纹,至今还被用作镰仓市的市纹呢。纹饰上花与叶交织,分外美丽。

桜(さくら):「花は桜木、人は武士」といいます。一陣の風に潔く散る風情が、情緒的な日本人好まれるのでしょう。桜花は平安時代から装飾文様として広く用いられてきましたが、家紋としては江戸時代に登場と、案外新顔で使用家も少ないとされています。家名がパッと散っては縁起が悪いと云うことかも知れませんね。図形としては色々考案され、花弁の狭いものは桜井桜、広いものは細川桜とも呼ばれ、それぞれ大名に用いられました。
有句话说:“樱花是众花之王,武士为众人之冠。”也许是樱花随风飘落、不染尘垢的风情深深吸引着日本人吧?樱花自平安时代以来就广泛用作装饰纹样,在江户时代才被设计成家纹,出乎意料的是使用者甚少,并且都是些小家使用。人们将樱花设计成各种图形,花瓣狭窄的称为“樱井樱”,宽大的称为“细川樱”,都为大名所用。

笹(ささ):古来「松竹梅「と賞されるように竹はめでたいものと代表に置かれています。奈良時代には既に文様として使用され、その積雪に耐える強靱な生命力が家紋にふさわしいとされたのでしょうか、室町時代には家紋として普及しました。竹笹紋は「竹紋・笹紋・根笹紋」に大きく分類され、主に孟宗竹や、若竹、熊笹、五枚笹などが図案の対象になっています。上杉氏の影響により関東から北日本に多い家紋です。
请参考“竹”。自古以来人们就很欣赏“松竹梅”,竹也就成了其中的代表。奈良时代竹就被用作纹饰,室町时代已经普遍用之为家纹,大概是因为竹在积雪中强大的抗寒生命力吧。竹笹纹大致分为“竹纹、笹纹和根笹纹”三种,主要有孟宗竹、若竹、熊笹、五枚笹等几种图案。受到上杉氏的影响,自关东起往北的地区许多武家都用其作为家纹。

石竹(せきちく):撫子を中国風に呼んだものを石竹といいます。双方同じものといって差し支えなく、撫子紋も石竹紋も同じ意匠のものが見受けられます。
请参照“抚子”。抚子的汉名为“石竹”,两者相同并无差异,抚子纹和石竹纹设计的方式相同。

歯朶(しだ):比較的珍しい家紋のようです。バリエーションとして、梅・巴・船・菱などと組み合わされたユニークな図案のものが見られます。
比较珍稀的一种家纹,其变形为梅、巴、船、菱等组成的特殊图案。

杉(すぎ):杉は大木になる常緑樹であることから、松と同様に神木とされていました。大和の三輪神宮は、杉をご神体としてを祀っており、三輪神を祖神とした大神氏が家紋として用いて普及しました。その流れを流れを汲む幕末の緒方洪庵も杉紋を用いています。また杉は目印とされ、杉葉が酒屋の看板であったことから、酒に関係した家でも多く用いられています。
杉是高大的常绿树木,和松树同样被认为是神木。大和的三轮神宫就将杉树作为神体来祭祀,以三轮神为祖神的大神家就以此作为其家纹,从此流传开来。幕末的绪方洪庵延续此例,以杉为其家纹。不但杉树可作为记号,杉叶也可以作为酒店的看板,在许多酒香门第也经常使用杉纹。

水仙(すいせん):古代に家紋として用いられた記録はなく、多くは明治以後に用いられたようです。西洋では神話にも出てくる神秘的な花ですから、家紋として見てもどこか異国的な情緒が感じられますね。
关于水仙在古代是否当家纹现在没有记录,似乎多数都是在明治之后才被用作家纹。在西方神话中水仙是一种神秘的花,设计成家纹之后我们可以感到浓郁的异国气息。

棕櫚(しゅろ):棕櫚は温暖な九州地方の原産とされており、早くから観賞用に栽培されていたようです。紋様としての起源は明らかでありませんが、室町時代には既に家紋になっていたようです。やはりポピュラーでないためか、紋のバリエーションは少ないですが、なかなか雅な造形です。
棕榈原产自温暖的九州地区,很早就被种来做观赏之用。棕榈纹的起源我们不得而知,只知道它在室町时代已经被设计成家纹了。虽然用的人不多,纹的变形也很少,但造型还是比较雅致的。

橘(たちばな):日本十大家紋の一つ。橘は蜜柑の原種で香気が強く、雪害に強くよく育つことから、人徳があり奥ゆかしい人を「橘のようだ」となぞらえたという逸話があります。万葉集にも橘をたたえた歌がありますし、宮中の紫宸殿の庭には左近の桜とともに右近の橘が植えられていました。桃の節句には桃の花とともに橘を飾る風習は現在にいたるまで続いています。珍重される植物であったゆえに家紋に使われるようになったのでしょう。橘紋は橘氏の代表紋であり、幕末の大老であった彦根の伊井氏も橘紋です。
日本十大家纹之一。橘改良后就是蜜柑,香气扑鼻、耐寒抗雪,有很强的繁殖能力。据说品德高尚的人可被称赞为“像橘那样的人”。万叶集中有关于橘的诗歌,大内里紫宸殿的庭院内,左种樱右种橘。桃花时节装饰橘的习俗延续至今。大概是由于橘是一种很珍贵的植物,才把它设计成家纹的吧?橘纹是橘氏的代表纹,居住在彦根市的幕末元老伊井氏也用橘纹作家纹。

竹(たけ):古来「松竹梅「と賞されるように竹はめでたいものと代表に置かれています。奈良時代には既に文様として使用され、その積雪に耐える強靱な生命力が家紋にふさわしいとされたのでしょうか、室町時代には家紋として普及しました。竹笹紋は「竹紋・笹紋・根笹紋」に大きく分類され、主に孟宗竹や、若竹、熊笹、五枚笹などが図案の対象になっています。上杉氏の影響により関東から北日本に多い家紋です。
请参考“笹”。自古以来人们就很欣赏“松竹梅”,竹也就成了其中的代表。奈良时代竹就被用作纹饰,室町时代已经普遍用之为家纹,大概是因为竹在积雪中强大的抗寒生命力吧。竹笹纹大致分为“竹纹、笹纹和根笹纹”三种,主要有孟宗竹、若竹、熊笹、五枚笹等几种图案。受到上杉氏的影响,自关东起往北的地区许多武家都用其作为家纹。

鉄線(てっせん):鉄線というよりクレマチスといった方が、最近では通りがよいかもしれません。キンポウゲ科の外来植物でとても美しい瑠璃色の花を咲かせます。鉄線の名はその蔦が鉄線のように強いという所から来ており、日本には寛永年間に渡来して、菊唐草または唐草とも呼ばれました。家紋としての歴史は浅いですが、美しい花弁を紋様にしたくなるのは人情ですね。6枚の花弁をあしらったデザインが多いようです。
铁线又称作“常春藤”,是毛茛科的外来植物,琉璃色的花朵美不胜收,似乎最近很流行。铁线之名是宽永年间和各种菊唐草一起传到日本的,是希望常春藤能像铁线一样坚强。将其制作成家纹的历史还很短,人们经常将其设计成6片花瓣的样子,美丽的花瓣充满了人情趣味。

蔦(つた):日本十大紋の一つで、蝶や方喰と並んで女性に人気のある紋の一つです。強い生命力、絵になる葉の姿から、藤原時代には既に文様として愛用されていたそうです。戦国時代の武将として名高い藤堂高虎は、この紋を用いています。また、八代将軍吉宗が出た紀州徳川家が替紋として蔦を用いたことから、権威のある家紋として認知され普及したそうです。優雅ながらも他にまつわりつく性質から、芸妓や娼婦に好まれたという面白い話しも残っています。
日本十大家纹之一,和蝶纹、方喰纹同样作为受女性欢迎的家纹。蔦的生命力很强,叶子姿态如画,藤原时代起就成为广受钟爱的纹饰了。战国时代著名的武将藤堂高虎就用它作为家纹。德川八代将军吉宗的宗族纪州德川家还用蔦代替原来的家纹,自此蔦就成为广泛认可象征权威的家纹了。另外也流传着这样有趣的说法:由于其形态优雅,闻味香浓,成为艺妓和娼妇的钟爱之物。

丁字(ちょうじ):丁字はインドネシア原産シソ科の植物です。若い人なら丁字と云うより、ウースターソースの香りづけなどに使われるクローブ(スパイス)と云った方が分かりやすいでしょう。大航海時代には、胡椒などと並んでスパイス貿易の主力商品としてヨーロッパに持ち込まれています。日本人にも古くから馴染みがあり、江戸時代にはビンツケ油や匂い袋の香料として用いられたとあります。丁字は海外渡来の高価な珍重物であるとともに、仏教においては宝物の一種であり、瑞祥的な意味もありましたので、家紋とされたようです。家紋の形状としてはたくさんのバリエーションがありますが、丁字と書くぐらいですから釘の形が基本です。英語で言うクローブ(Clove)も釘を意味するラテン語が出典だそうです。
丁字原产自印度尼西亚,是紫苏科植物。年轻人称之为“丁字”,与制作伍斯特辣酱油的香料丁香完全不同。大航海时代,和胡椒一同被认为是贸易的主要商品,在欧洲各港口流通。丁字自古以来也与日本人有很大联系,是江户时代制作鬓发油和制作香袋的香料的原料之一。丁字是海外舶来的珍贵物品,是佛教宝物的一种,象征着吉祥如意,因此人们将其设计成家纹。家纹的形状各异,书写体以钉形为其基本形状。英语单词CLOVE(钉)源自拉丁语。

梅(うめ):梅は古来、中国では菊・竹・蘭と並び四君子のひとつとして愛でられました。日本では天平時代にはすでに紋様として使われていました。また梅と云えば天神様と関わりが深く、たいていの天神様の境内には梅が植えられています。天神様はご存じのように菅原道真公を祭っており、道真公が愛した花が梅と云うことがその縁起のようです。道真公が梅紋を使用したという記録はありませんが、梅の名所として有名な京都北野天満宮は「梅星」、東京の湯島天神は「梅鉢」、福岡の太宰府天満宮は「梅花」の紋を使っています。梅紋は天神信仰と深く関わっていますので、近畿、北九州に多い紋とされています。意匠的には写実的なものを梅花紋、幾何学的なものを梅鉢紋として大別します。多くの家が用いたため、加賀の前田家では特に区別を図った加賀梅鉢と呼ばれる意匠を用いました。
梅兰竹菊在中国并称为“四君子”,人们因此而喜爱梅。天平时代日本人就将其设计成纹饰。说到梅,我们自然会联想到天神,多半是在天神统治的领域内种植梅花。为了祭奠像天神那样的菅原道真公,人们进献上道真最钟爱的梅花,大概就是梅纹产生的原因了。道真公是否使用梅纹我们不得而知,著名的京都北野天满宫使用“梅星”纹、东京汤岛天神使用“梅钵”纹、福岛太宰府天满宫使用“梅花”纹。梅纹和天神信仰关系密切,在近畿和北九州地区使用得很广泛。用写实手法绘制梅花纹和用几何方法绘制梅钵体纹,其中的设计手法大相径庭。很多家族都用其作为家纹,加贺的前田家所用的是被称为“加贺梅钵”的特殊家纹。

瓜(うり):文様としては古く唐時代に用いられわが国へ伝来しました。木瓜とも記しますので胡瓜の切り口を連想しますが、本当は地上の鳥の巣を表現したものとされています。神社の御簾の帽額(もこう)に多く使われた文様であったので、もっこうと呼ばれるようになったと云います。鳥の巣は子孫繁栄を意味し、神社で用いる御簾は吉祥であるということから、めでたい紋とされ、織田信長を代表として家紋とした武家は多くあります。その幾何学的で図案化しやすい絵柄からも分かるように、大変バリエーションの多い紋です。
请参照“木瓜”。唐朝将瓜作为纹饰,后来传到了日本。人们把木瓜纹联想成黄瓜的横切面,真实的样子却像地面上的鸟巢一样。多用作神社中竹帘的纹饰,通常称之为“帽额”。鸟巢象征着子孙繁荣,神社用之象征吉祥如意,以织田信长为代表的众武家都用它来做家纹。设计成几何形状的纹饰后,为了加以区分,又设计了许多变型。

蕨(わらび):蕨は万葉集にも登場する日本人には縁の深い食用植物です。発芽してすぐは、ご存じのように葉と茎がくるくるとゼンマイ型に屈曲しています。紋としてはユニークで面白い形ですが、武家にも使われています。
《万叶集》中有关于蕨的诗歌,它和日本人的生活关系密切。发芽之后,茎和叶马上层层蜷曲,呈现弹簧状,是一种形状有趣、独一无二的纹饰。武家也以此作为家纹。

山吹(やまぶき):山吹は古くから文様として使われ、万葉集にも歌の主題として詠まれています。図形としては花のみのものや、花と葉の組み合わせたもの、水を添えたもの、抱山吹、杏葉山吹などの変形があります。
山吹很早以前就被用作纹样,《万叶集》中也经常作为和歌的主题被颂咏。有花骨朵、花叶交织、水淋淋的花、抱山吹以及杏叶山吹等变形。

源雪翎 发表于 2009-7-12 16:37

动物纹

千鳥(ちどり):千鳥とは特定の鳥類を指す言葉ではなく、水辺に生息する小型の鳥のことをいいます。たくさん居るので千鳥と呼ばれるようになったといわれています。俳句では冬の季語です。紋様としては古来からあったようで、浪と組み合わせたものが多く見られます。家紋としては珍しい部類になりますが、ひよこのようなふっくらしたシルエットがなんとも可愛いですね。
所谓的千鸟并不是指一种特殊的鸟,而是指生长在水边的小型水鸟。水鸟大量群居因此称为“千鸟”,在俳句中通常作为冬的季语。自古以来作为纹样最多见的是和海浪的组合。设计成罕见的家纹,属于罕见的类别,像是柔弱小鸟的样子,非常可爱。

海老(えび):海老は体の関節を内側に曲げています。ですから腰を曲げた老人のイメージがあり、古来から長寿のシンボルととされていました。また美味高級な食材のため、鏡餅や祝い膳に用いられたことから、やはり縁起がよいということで、室町時代中期頃から家紋として成立したようです。
海老即虾,身体关节向内部弯曲,像弯腰的老人形态,自古以来就是长寿的象征。味道鲜美,属于高级食物,用来制作年糕和其他节日庆祝食品,由于其良好的象征义,室町时代中期开始就被制作成家纹。

蛤(はまぐり):蛤は古来、縁起がよいとされ、慶賀の席には必ず用いられてきた食品です。厄除け、魔除けとしての意味もありますが、貝合せの蛤が一対の貝以外の他の貝とは決して合わないことから、貞淑=夫婦和合という意味合いもあり、披露宴料理に用いられてきました。いずれにせよめでたい絵柄で、家紋以外に蒔絵のモチーフなどとも見受けられます。
蛤自古以来就有良好的象征义,象征着驱除厄运和恶魔,是庆贺筵席上必备的食品。蛤必须要和它组成一对的壳才能配成一对,因此也象征着夫妇间的坚贞贤淑,在婚礼上也是必备食品。无论怎么看都是美观的艺术品,除了制作家纹外,还可以经常作为泥金画的主题。

鳩(はと):鳩の紋とは珍しいですね。しかしある種の動物は、いわゆる神の使いとして古来より、家紋のモチーフとして採用されてきました。なかでも鳩は八幡大菩薩の使いとされて、勝利を呼ぶ瑞鳥として、様々な記録に登場しています。平安時代には平家物語にも登場する熊谷直実が、軍功により源頼朝から「向かい鳩」の家紋を下賜されたという逸話が残っています。
鸠纹是一种很珍贵的纹饰。然而这种动物,自古以来就一直被当作神的使者,之后就用其来设计家纹。尤其是信仰八幡大菩萨的人们将鸠视作呼唤胜利的吉祥鸟,其中有各种各样的记载。平安时代《平家物语》中残留有这样的故事,源赖朝因熊谷直实军功显赫而将“对鸠”家纹赐予他。

鳳凰(ほうおう):家紋は身近なものをモチーフにすることが多く、想像上の動物を意匠として取り上げることは滅多になく、鳳凰紋はその珍しい例です。めでたい瑞鳥ですから、飛鳥平安時代から紋様として様々に用いられてきましたが、意外と家紋として採用した武家は、ほとんどないようです。
家纹通常是用与自己关系密切的事物而制,很少胡编乱造想象中的动物,但凤凰纹却是其中的特例。凤凰象征吉祥,飞鸟平安时代起就被用作纹饰,出乎意料的是几乎没有用凤凰作为家纹的武士。

板屋貝(いたやがい):板屋貝はホタテ貝とよく似ているので混同されますが、イタヤガイ科の貝で大きさは12センチ程度とかなり小さいです。ホタテ貝と同じく古来から食用にされています。家紋としては江戸時代から見られますが、その発祥は不明です。
板屋贝和保田贝形状非常相似,经常被混为一谈,但它比直径为12厘米的半边蚶科贝壳要小。和保田贝一样,自古以来板屋贝就被搬上了餐桌。江户时代起板屋贝被设计成家纹,但其源头我们不得而知。

亀(かめ):鶴は千年、亀は万年というように、古来から亀は長寿と繁栄を象徴するめでたい生き物でした。風水では北方を護る玄武神として信仰されています。そのようなことから、平安時代にはすでに紋として成立し、室町時代に数多く普及したとされています。出雲大社の神紋としても使われています。
有一种说法:千年鹤万年龟,自古以来龟就是象征着长寿和繁荣的吉祥生物。按照风水来说,人们信仰守护北方的玄武神,因此平安时代人们将其设计成家纹,室町时代遍及全日本。出云大社也用此作为神纹。

雁金(かりがね):美しい姿で空を飛ぶ渡り鳥「かり(がん)」の家紋です。漢の時代、武帝から凶奴に使わされた使者蘇武が捕虜となり幽閉されていたとき、雁に文を結び祖国に音信を伝えたという故事があります。独特の鳴き声から「よい知らせを運\ぶ」「先祖との文を運\ぶ」縁起のよい鳥とも考えられていました。また群れをなして飛ぶところから絆を象徴する紋としてもデザインされています(三つ雁金など)。平安時代の絵巻にはすでに紋様として用いられていますし、源平盛衰記には平忠度が遠雁の紋を打った鞍を用いたと記述されています。有名なところでは柴田勝家がこの雁紋を用いています。雁と云えば細長い首が印象的ですが、家紋の雁は雀のようで可愛く、ユーモラスさもある家紋です。
候鸟“大雁”在空中飞过,身姿美丽,是为“雁纹”。汉代流传着武帝派遣苏武出使匈奴,被当作俘虏关在大牢里,通过大雁向祖国传递音信的故事。大概由于大雁鸣叫声奇特而被称为“送信使者”和“遗嘱专递者”的吧。大雁喜欢群体飞行,因此将其设计成象征羁绊的纹饰(比如三雁同行纹)。平安时代的绘画作品已经有用雁作为纹饰的图画了,《源平盛衰记》中记载了平忠度用远雁作为马鞍的情况。有名的柴田胜家就用雁纹。说起雁人们就会想到其细长脖子的形象,设计成家纹后雁像麻雀一样可爱,是一枚生动有趣的家纹。

龍(りゅう):龍も鳳凰と並んで想像上の動物です。家紋に用いたという武家は少ないようですが、何故か中国地方に多い紋とされています。やはり伝説の宝庫だからでしょうね。龍の姿を写し取った紋もありますが、家紋に用いられているのは、鱗や爪のようにディテールが多いようです。
龙和凤凰一样都是人们臆想出的动物。用龙作为家纹的武家很少,但为何在中国却有很多龙纹的用法呢?也许是龙象征着传说中的宝库吧。将龙的姿态设计成家纹,多数绘制鳞片和爪子等细节部位。

猿(さる):猿の家紋といってもずいぶんデフォルメされていますので、まず猿とは気づかないと思います。武家に使用されたという記録はないようですが、歌舞伎の沢潟屋が三ツ猿です。これは猿之助からきているのでしょうね。
猴子作为家纹变形就很奇特了,最大的问题是猴子的形态不见了。几乎没有武家用其作为家纹的记载,歌舞伎泽泻屋门口挂着“三猴纹”,大概是因为猿之助的关系吧。

雀(すずめ):「舌切り雀」の主人公ですし、私たちの日常にはとても縁の深い鳥です。竹に雀の文様は正倉院の御物にもみられるそうですが、家紋にされたのは鎌倉移行とされています。雀の数に変化をつけたものや、竹や稲、雲と組み合わせたバリエーションもあります。比較的珍しい紋ですが、可愛いですね。
《割舌雀》的主人公,日常生活中是常见到的一种鸟。竹中绘刻着雀的纹饰是正仓院的珍藏品,移府志镰仓时才被设计成家纹。雀的数量可变,也有和竹、稻、云等事物相组合的变形。雀纹姿态可爱,是比较珍贵的纹饰。

鷹の羽(たかのは):日本十大紋のひとつ。鷹は太古から人間と関わりを深く持っていたようです。その美しい姿、雄々しい振る舞いはもちろんのこと、鷹狩りでご存じのように人間と感情をかわすことができる唯一の猛禽類だからでしょう。古来より武家にはとても人気のあるシンボルだったようで、武礼の被り物に鷹の羽を差すなどの習慣もあったようです。江戸時代にはじつに120家の大名旗本が、この鷹の羽紋を用いています。凄い人気ですね。当然デザインのバリエーションもたくさんのものが見られます。鷹の紋とはいえ、鷹をそのまま描いたというものはありません。すべて鷹の羽でシンボリックに表現しています。人気のあるものは羽根を交差させた違い鷹の羽系です。忠臣蔵でお馴染みの浅野内匠頭は丸に虫喰鷹羽です。
日本十大家纹之一。鹰自太古以来就和人类的关系颇深。鹰雄赳赳地飞过天空,姿态唯美,是唯一与人类建立深厚情感的猛禽,因此人们用它进行捕猎(鹰狩)。在武家很受欢迎,披着鹰羽代表行武家礼节已经成了习惯。仅江户时代就有120家大名阵营使用鹰羽纹,人气惊人。当然人们也将其设计出很多变形。说到鹰纹,并不是粗粗描绘鹰的形态,而是将鹰的羽毛象征性地描绘出来。羽毛交叉而成的另类鹰羽系更受欢迎。《忠臣藏》中重要人物的浅野内匠头就用圆形的虫喰鹰羽。

蜻蛉(とんぼ):虫を採用した家紋は大変少ないとされています。女性に人気のある蝶、蜻蛉、変わったところで百足ぐらいです。なかでも蜻蛉はその生態が勇猛ですから、古来より「勝ち虫」と称され、武家にも用いられた由緒ある紋です。
人们很少将昆虫设计成家纹。蝴蝶、蜻蜓和变形蜈蚣等很受女性的喜爱。尤其是蜻蜓姿态勇猛,自古以来就被称为“好胜之虫”,有些武家也有用此作过家纹。

角・鹿・鹿角(つの):奈良の春日神社のご神体が鹿であるということはご存じですか。古来より鹿は神の使いとして信じられていました。戦国時代の武将たちが使った兜にも、勇壮な鹿角が用いられていました。このようなことが家紋の起こりのようですね。
自古以来人们相信鹿是神的使者,奈良的春日神社将鹿供奉为神明。战国时代的武将将象征勇猛强壮的鹿角制作成头盔,这就是将鹿纹设计成家纹的起因。

鶴(つる):「鶴は千年、亀は万年」と云われるように、古来から鶴は亀と並んで長寿のシンボルでした。その瑞祥と優美な姿から、平安時代にはすでに衣服、調度品に多く用いられました。当時の絵巻物にも鶴の紋様は多く描かれています。現代でも縁起の席には欠かせない文様として重宝されています。家紋として成立したのは鎌倉時代といわれていますが、美しい絵柄だけにバリエーションも多く、いずれもが鶴の美しさをよく表現しています。
有一种说法:千年鹤万年龟,自古以来鹤与龟被同认为是长寿的象征。形态吉祥优美,在平安时代已经成为衣服和日常用品的纹饰了。当时有很多绘画作品将鹤描绘成纹饰。即使是到了现在,鹤也被珍视为一种不可或缺的纹饰。镰仓时代被设计成家纹,有各种美丽的图案,恰到好处地表现了鹤之美。

蝶(ちょう):抽象的で幾何的要素の多い家紋の中にあって、具象的で優雅な意匠であることから、女性にとても人気のある家紋です。正倉院御物にみられる古い紋様で、様々な意匠が見受けられます。武門に似つかわしくない家紋と思われがちですが、実は平氏一門に愛用された紋として有名です。平家物語にも登場する平維盛が、牛車に蝶丸紋蝶を用いたことは有名で、平氏の流れを汲む一族が蝶紋を伝承したとされています。源氏一族が様々な紋を使っていることに対して、平氏の代表紋は揚羽蝶とされています。貴族的で雅なのは平家物語にふさわしいですね。ちなみに揚羽という意味は、羽を直立させて休んでいる姿をいいます。
抽象成几何形的多数家纹之中,较具体展现其优雅姿态的这类家纹,尤其受女性的欢迎。古老的蝶纹是正仓院宝物之一,我们可以看到它的各种形态。跟武家所用的家纹不同,蝶纹是有名的平氏一家的专爱纹饰。《平家物语》中的平维盛,因在带篷牛车上使用圆形的蝶纹而著称,平氏一族就一直沿用蝶纹作为家纹。与使用各种家纹的源氏一族不同,平氏的代表纹饰是扬羽蝶,其贵族风情在《平家物语》中尽得展现。此外,所谓的扬羽就是翅膀直立不动的样子。

馬(うま):馬は埴輪にも見られるように、ずいぶん古くから日本人には縁が深かったようです。我々にも馴染みの深い絵馬の起源は、そもそも神へ馬を奉納する行事とされています。家紋に馬を用いた家は少ないのですが、平将門が反乱を起こしたとき神から黒\馬を賜ったという故事があり、その関係からか、将門の末裔とされる相馬氏などが用いています。
马在古代的陶俑中就很常见,与古代日本人有着不解之缘。与我们日常生活关系密切的马匾额,其实就是从向神敬献马匹的古代习俗发展过来的。用马做家纹的家族很少,平将门叛乱时,流传着神赐黑马的故事,因此将门的后人相马氏都以此作为家纹。

兎(うさぎ):兎と云えば、日本人ならすぐ思い浮かべるのが、餅をつく月の兎や、鱶にひどい目にあい、大国主命に助けられた白兎の物語でしょう。古来、兎は月の精と考えられ、めでたい瑞兆とされていたことから、戦国時代頃から家紋として用いられるようになりました。デザインとしては写実的に描かれたものが多く、可愛い絵柄が特長です。
提及兔子,日本人就会马上浮想联翩,大概是因为捧着年糕的月兔遇到面目凶残的鲨鱼,大国主命出现救了白兔的故事吧?自古以来,兔子就被认为是月的精灵,象征着吉祥如意,战国时代被设计成家纹,逼真地将兔子的形态描绘出来,样貌可爱、惹人喜爱。

源雪翎 发表于 2009-7-12 16:39

建筑纹

井筒(いづつ):井桁、井筒とも井戸の地上に出た部分のことを指します。本来同じものなのですが、家紋では「井」型を井筒、井が菱形に変形させた物を井桁と区別しています。井桁紋と同じく、苗字に「井」のつく家が多いことが特長です。
井桁和井筒指的是水井地面上露出的部分。本来井桁和井筒是同一种东西,但设计成家纹之后,井筒成了“井”字形,而井桁则是将井设计成菱形的一种变形,两者并不相似。和井桁纹相同的是,苗字为“井”(家纹为井筒)的家族很多。

井桁(いげた):井桁、井筒とも井戸の地上に出た部分のことを指します。本来同じものなのですが、家紋では「井」型を井筒、井が菱形に変形した物を井桁と区別しています。井桁紋は江戸時代に普及しますが、苗字に「井」のつく家が多いことが特長です。
井桁和井筒指的是水井地面上露出的部分。本来井桁和井筒是同一种东西,但设计成家纹之后,井筒成了“井”字形,而井桁则是将井设计成菱形的一种变形,两者并不相似。井桁纹在江户时代开始普及,苗字为“井”的家族很多。

庵(いおり):庵とは仮小屋のこと。当初は屋形だけであった造形が時代とともに屋根、柱の組合せになったそうです。庵だけでなく、中に木瓜などを入れて使われることが多いようです。例えば「曾我兄弟の敵討ち」で有名な蘇我氏の紋は「庵木です。
庵是临时搭建起的小房子。最初是模仿船篷制造房顶和柱子相组合。庵纹不光只有庵,很多情况下中间还放入木瓜。比如因“讨伐曾我兄弟”而出名的苏我氏家纹就是庵木。

六葉(ろくよう):六葉とは広い意味で六枚の花弁や葉をかたどった紋様を指しますが、この場合は、六葉=釘を隠すための装飾的な建築金具(釘隠)のことをいいます。一見植物をモチーフにした家紋に見えますが、一味違うユニークな意匠ですね。
六叶有很广泛的意味,指的是六片花瓣或叶子的纹饰,在有些场合,六叶也可以指隐藏钉子用的装饰铁片(钉隐)。乍看之下是植物形态的家纹,其实却是一种独特的设计。

鳥居(とりい):その昔、神に供える鶏の止まり木がそもそも鳥居の起源でした。面白いですね。そういった由来があるせいで、神社関係、氏子などに多い紋とされています。鳥居だけでなく鳥類や文字を組み合わせた意匠も見受けられます。
过去人们把站立在树上的鸡当作神明来供奉,这是鸟居纹的最早起源。是不是很有意思呢?正因如此,神社及其氏子(同一氏族神地区)大多使用鸟居作为家纹。不光有鸟居的图案,还设计成鸟和文字组合的样子。



文字纹
卍(まんじ):仏教伝来にともない日本に入ってきた紋様の一つですが、元々はヒンズー教などとも関わりがあるようです。図形としては「幸運\福来」を意味しており、寺院の紋章として使われました。余談ですが、ナチスが使っていた逆鈎十字「ハーケンクロイツ」も、この卍が元です。
“卍字”纹是和佛教一起传入日本的纹饰之一,本来似乎与印度教有密切的联系。这个图形表示的是“幸福来临”的意义,被用作寺院的纹章。说一句题外话,纳粹党使用的逆钩十字“反万字”是从“卍”演变而来的。

文字(もじ):文字紋はその名の通り、文字を母体にしています。文字の持つ意義や歴史的背景から成立した紋です。例を挙げると…
「一文字紋」
一番、唯一、最初などの意を持つことから、やはりよく使われます。
「八文字紋」
武神、八幡大菩薩にちなんだとされています。
「十文字紋」
島津の紋として有名ですね。変形も多く島津一族で使用しているだけでも、七十に及ぶらしいです。
「巴紋」
元々は弓を射るために肘につける装具が、紋様化されたものです。各地で神紋として用いられていますが、あの平将門も巴紋ですね。
顾名思义,“文字纹”就是以文字为母体设计的家纹,这些家纹带有文字的意义或者从特定的历史背景中产生。比如说:
“一文字纹”:代表“最”、“唯一”、“最初”的意义,使用得很广泛。
“八文字纹”:为武神和八幡大菩萨所用。
“十文字纹”:有名的岛津家纹饰,变形多样,多达七十余种。
“巴纹”:原来是搭弓射箭时所用的装备,后来设计成纹饰,用为各地的神纹,平将门也用巴纹作为家纹。

源雪翎 发表于 2009-7-12 16:40

器物纹

千切り(ちぎり):千切りとは織機に取り付ける糸巻きのことです。千切りは契るにも通じ、縁起がよいとされています。紋様としては藤原時代にすでに成立し、家紋としても足利時代には使われていたとありますので、珍しい紋ですが、由緒正しい家紋の一つといってもいいでしょう。
“千切”是装在织布机上的弦轴。“千利”原义代表的是誓言,藤原时代人们将其设计成纹饰,足利时代才将其用作家纹,是非常珍贵的纹饰。这大概是因为它是一种正家纹的关系吧?

団子(だんご):楽しい紋ですね。串に刺した団子を表しているので、別名「串団子紋」ともいいます。戦国時代、敵の首を取るという意味が込められており、楽しい名前とは裏腹に、尚武を尊ぶ武家の紋です。通常、三串団子ですが、多いものでは四つ、稀に五つというものもあります。
真是可爱的家纹呢。串起来的团子又叫“串团子纹”,在战国时代代表把敌人的首级串起来的意思,如此有趣的名字反而成为以武为尊的武家家纹。通常是三个团子,四个丸子的也很多,五个丸子的就少了。

烏帽子(えぼし):古代の帽子の一種です。平安時代には公家は円筒状の立烏帽子、武家はちょっと先が折れた折烏帽子を着用したとあります。やがてそれが庶民にもファッションとして広まったようです。家紋としての成立のいわれは定かでありませんが、元々が男子のかぶり物ですし、元服式に用いられることから縁起がよいとされたのでしょう。
古代的一种帽子。平安时代公家戴着圆筒状的帽子,武家则是戴着前部有些断裂的折乌帽子,马上就在平民百姓中流行起来了。具体什么时间设计成家纹我们还不是很清楚,原来只是男子的帽子,大概是从元服时所使用的帽子中发展过来的吧。

袋(ふくろ):家紋で云うところの袋とは、お守りや銭など、大切な物を入れる袋や巾着をさします。しっかり財産を入れると云うところから、縁起がよいとされたのでしょう。砂金袋と云うも家紋もあります。
说到袋,是指装有护身符和金钱等贵重物品的袋子或荷包,也正因为它装载着财产,才会被制作成家纹的吧?当然也有叫做“砂金袋”的家纹。

文(ふみ):近世になってから成立した新紋です。手紙を紋章化したものです。昔は手紙を折って結んだことから、結び文ともいいます。
近代以来新出现的家纹,将信纸纹章化的结果。也可以指过去将信纸折叠后打结的文饰。

分銅(ふんどう):分銅とは天秤秤の片側の皿に載せて使う銅製のオモリのこと。形が面白いことに加えて、正確さを表すことから、家紋として用いられたのかも知れません。
分铜是天秤一侧的铜质载物器具,外形很有趣,用来表现公正,至于为何要制作成家纹及用法我们不得而知。

船(ふね):その名の通り船を意匠としたもの。後醍醐天皇が名和氏に、その戦功を讃え、この紋を賜ったという故事があります。戦国時代には長宗我部氏が用いました。珍しい紋ですが、意外と多くの家が用いたようです。意匠的には、帆掛け船と、そのバリエーションが多く用いられています。
既然称为“船纹”,那当然是设计成船的样子咯。由于名和氏战功显赫,后醍醐天皇将此纹赐给他们。战国时代的长宗我部氏用它来做家纹。船纹是很珍贵的纹饰,但是有很多家族都用它来做家纹。船纹的样子是船挂着帆起航的样子,人们又为它设计了许多变形,正在广泛使用中。

杏葉(ぎょうよう):杏葉とは馬の装飾に用いる金具、革具のことを指します。仏教などと同じくして中国から伝わってきたとされています。なぜ杏葉の文字が当てられたのかは定かではありません。当初は鞍の付属品として用いられ、やがて牛車の装飾などを経て、家紋に転用されたとされています。茗荷紋によく似ていますが、細部に違いがあります。大友宗麟が用いた紋ですが、宗鱗と戦った鍋島家が戦勝記念に杏葉を奪い取ったという逸話が伝えられています。
杏叶指的是用来装饰马的金属或皮革装备,和佛教等文化一起从中国传入。为什么会成为杏叶纹没有相关的文字记载。当初只是马鞍的附属品,后来用作牛车的装饰品,之后才转变为家纹。和茗荷纹非常相似,只有细小的区别。大友宗麟的家纹就是杏叶纹,传说战胜宗麟的锅岛家为了纪念战争胜利而将杏叶纹夺走。

羽子板(はごいた):羽根突きの起源は古く、室町時代には公家がこれで遊んだという記述があります。その後江戸時代に入ると庶民の遊びとして、大いに流行しました。家紋のデザインとしては現代に伝えられていますが、武家で使用したという記録はないそうですから、庶民によって作られ親しまれた紋章かも知れません。
羽毛毽的起源最早是出现在对室町时代公家游戏的记述中,进入后江户时代,庶民们也开始热衷于踢毽子。到了现代人们将它设计为家纹,关于武家使用的记录很少,大概多数是为平民拿来做纹章。

羽根(はね):羽子板と同じように、正月に羽根突きをして遊ぶ羽根を紋章としたものです。
和羽毛毽类似,正月人们会进行踢毽子活动,便将羽毛设计成纹章。

鋏(はさみ):もちろん洋ハサミではなく和挟の意匠が用いられています。武家の使用例が見当たらないところから、近世になって作られた新紋とされています。
这当然不是指西洋传来的剪刀,而是指日本特有的剪子。它是近代以来新设计的家纹,我们几乎找不到它被武家用作家纹的例子。

梯子(はしご):高い所に登るために必要な道具であることから、縁起を担いで紋章化されたという説がありますが、むしろハシゴは攻城戦に欠かせないことから、尚武をイメージしたのではないでしょうか。松平伊豆守が馬印で用いたそうです。
梯子是要登上高处所必备的道具,最初的作用与其说是做纹章,不如说是为打攻城战而制,表现其尚武的形象吧?松平伊豆守似乎将其用作马标。

旗(はた):風に勇壮になびく旗は、源平の赤旗白旗でよく知られるように、古代から武家に用いられてきました。しかし家紋を旗に染めることは流行りましたが、旗そのものを家紋として使っている使用家は少ないようです。
勇敢地在风中飘舞的旗帜最富盛名的就是源氏的红旗和平家的白旗了,自古以来武家都用旗帜。然而将旗帜染色而制作家纹流行开来后,用这样的旗帜做家纹的人却似乎很少。

幣(へい):幣は神に供えたり、お払いに使ったりする神具の一種です。麻・木綿製など色々の物がありますが、お払いに使う物は、竹に紙を挟んだり、榊につけたりします。神主さんや巫女さんが手に持っているあれですね。これを手にして振ると神霊が宿るとされています。神の加護を祈るところから、家紋として成立したのでしょう。
币是用来花费或供奉给神明的一种神具,麻、木棉等将各种各样的币串起来,在竹子里加上纸片挂在杨桐树上。神官和巫女也经常拿着这种东西,在手里挥舞,召唤神灵。为了祈求神的加护,人们才把它设计成家纹的吧。

瓶子(へいし):瓶子とは元々は瓶(カメ)のことを表し、転じてとっくりなどの酒器を指す言葉になりました。神に供える酒器でもあることから、神家にゆかりのある関係者に用いられたそうです。
瓶子原来称为“瓶”,后来转指盛酒的器皿。将酒器供奉给神明,为神职者所用。

帆(ほ):当然のことながら、海事に関係のある一門が用いたとされています。形としては、勇壮で面白いですね。
帆理所应当是为经营海上事务繁多的家族所用,其形看似勇猛强壮,甚是有趣。

錨(いかり):浅い海で船体をつなぎ止めるための重しが錨の役目です。元々は石や木を使っており「碇」の字を当てていたのですが、時代が下がって鉄製となりました。猫の爪のように引っ掻く形状ですので「錨」という字が生まれたそうです。面白いですね。船をつなぎ止める威力、形の力強さから紋章になったのでしょう。珍しい紋ですが、明治以降近代になってから、形が制定されたものもあり、けっこう形のバリエーションは豊富です。
锚承担了在浅海中停船的重要职责,原来是用石头和木头制成,称为“碇”,随着时代的发展人们渐渐使用铁制锚了。形状像是向前伸展的猫爪,故称之为“锚”。很有趣吧。将船停止的威力,大概是人们将其绘制成代表强大力量纹章的原因吧。锚纹是一种很珍贵的纹,明治时代之后的近代社会,人们为它设计了丰富的变形。

石(いし):石畳ともいいます。四角い石を地面に敷いた幾何学的な紋様です。連続したものは霰(霰)模様といい、皆さんご存じの粋な「市松」はこれに当たります。シンプルかつ印象的な紋として、平安時代から使われてきました。神社に石畳を使うところから、神官・氏子によく用いられたともあります。意匠としては、一つ石から九つ石までバリエーションがあります。
石又称“石叠”,是铺在地面上的四角形纹饰。人们将这些连续排开的小碎块当作小巧玲珑的“市松”。这种纹饰形象简单,自平安时代起就开始运用了。神社中使用石叠,神官和祖神的子孙也用石叠,其造型从一块石头至九块石头有不同的变形。

糸巻(いとまき):紋様としては古くからあったようですが、家紋として成立したいわれは定かでないようです。おそらく理由としては、形状の面白さに加え、日用品として身近な存在だったことでしょうね。
丝卷似乎很早以前就用作纹饰了,但何时用作家纹我们还不得而知。可能是因为其形状有趣,并且经常用作与我们密切相关的日常用品吧。

地紙(じがみ):扇子に用いる紙のことを地紙と云います。幾何学的かつシンプルで印象的な図形ですので、紋章として用いられるようになったのでしょうね。
用于制作扇子的纸称为“地纸”。纹饰为简单的几何图形,因此人们才把它用作纹章的吧。

鏡(かがみ):鏡は江戸時代末期にガラス製のものに置き換えられるまで、研磨した金属製でした。姿が映ることから、古代の人はその神秘性を崇め、魔除け、宝として珍重しました。鏡のイメージを単色で表現するのは難しかったのか、紋の数は少ないのですが、そのほとんどが神社関係に用いられたようです。
早先的镜子都是由研磨后的金属制成,直到江户时代末期才用玻璃制的镜子来替代。镜子能够映照出人的外形,古人崇尚镜子的神秘,将其珍视为除魔的宝物。用一种颜色表现镜子的样子有些难度,因此纹饰的数量很少,几乎都是用于与神社相关的事物。

櫂(かい):珍しい紋ですね。帆や錨などと同じく、船にとってはなくてはならぬ大事なものですから、海事にゆかりがある紋とされています。
非常珍贵的纹饰,和帆、锚相同,都是对船来说非常重要的道具,为经营海上事务繁多的家族所用。

舵(かじ):舵は船の針路を決める大事なものです。珍しい紋の一つであり、成立のいわれははっきりしませんが、櫂などと同じく海事に由縁、功績があったのではないかとされています。
舵是决定轮船航海路线的重要事物,是一种很珍贵的纹饰,制成家纹的原因我们还不得而知,与櫂等相同,都是为表经营海上事务的功绩而设计的家纹。

釜敷(かましき):金輪紋の変形です。見た目が釜敷きのような花弁状になるよう、金輪を組み合わせたものです。美しい図案がこの紋の特長ですが、これも案外使用家が少ない紋とされています。
金轮纹的变形。釜敷看起来像是花瓣,其实是金轮的组合。其图案美丽,但使用者却很少。

金輪(かなわ):金属製の輪を図案化したものです。3つ金輪から始まり七つ金輪まであります。つなぐと美しいので幾何学的な紋様パターンとしてはよく使われますが、案外家紋で用いられているものは少ないようです。
金轮纹是将金属制的轮图案化后的结果,金轮由三个至七个不等。几个几何图形连在一起,非常美观,但使用者却很少。

鐶(かん):タンスや引き出しの引き手を図案化されたものとされています。成立のいわれは定かではありませんが、幾何学的に組み合わされた美しい紋の一つですね。
环纹是将衣橱、抽屉的把手图案化后的产物,是一种将简单的几何图形组织起来的美观纹饰,但它的由来我们还不得而知。

笠(かさ):笠は傘とは違います。傘は柄のある傘を指し、笠は頭にかぶる「かぶりがさ」を指します。笠には用途により市女笠、足軽笠、深被り笠、神宮笠、花笠など色々な種類があります。その形状の面白さから、家紋にもたくさんのバリエーションが生まれました。将軍家指南役として知られる大和柳生家の紋は「吾亦紅に雀」ですが、裏紋の「柳生笠」も著名です。武士に笠は縁の深いものだったのでしょう。
笠和伞不同,有柄的称为伞,戴在头上的“头戴”称为笠。笠按照用途可分为市女笠、足轻笠、头笠、神宫笠、花笠等许多种类,由于其形状各异,人们为笠纹设计了许多种变形。担任将军家指导职的大和柳生家,家纹是“柳生笹”、里纹是“柳生笠”,和武士所戴的笠关系也很密切吧。

かせ木(かせぎ):かせ木とは紡いだ糸を巻き付ける糸巻きのことです。ご存じでしたか。またこの紋は馬の轡\にも似ていますので、別名くつわ紋とも呼ばれます。
枷木是将纺织而成的丝卷起来后的丝卷。你知道吗?由于这种家纹跟马辔很相似,因此别名也叫“马辔”。

剣(けん):家紋で云うところの剣は、反りのある片刃のいわゆる日本刀とは違い、古代の諸刃直刀を指します。三種の神器である草薙の剣のように、古代より剣は尚武のシンボルとして日本人にはとても尊ばれてきました。形状としては剣単独のものより、植物紋などと組み合わせて使われることが多いですね。
被制作成家纹的剑,与剑刃弯曲日本刀不同,指的是古代日本各种各样的直刀。像拥有三种神器的草薙剑一样,古代的剑是尚武的象征,为日本人所推崇,有单独的剑以及和多种植物纹组合等多种形态。

剣菱(けんびし):菱紋のバリエーションの一つ。輪と組合せたものや、花菱に剣を組み合わせたものなど、色々の形状があります。
菱纹的一种变形,有菱和轮的组合、也有花菱和剑的组合等多种形状。请参考“菱纹”。

杵(きね):いわゆる餅をつくためのキネのことですが、家紋で使われる図形は槌ではなく、中央がくびれた手キネです。餅は祝い事に用いられますので、キネも縁起がよいとされたのでしょう。なんとなく楽しい図形が多いですね。
所谓杵就是制作年糕所用的器物,设计成家纹后的图形并非槌形,而中中间较细的手持杵。年糕是在庆祝节日祭典时吃的,这大概就是杵纹的由来吧。人们无意中就为其设计了许多有趣的图形。

独楽(こま):独楽回しのコマです。コマの語源である高麗(こま)から日本に伝わり、平安時代にはすでに男児の遊びとして定着していたという記述があります。豊臣氏と縁の深い紋とされていますが、楽しい家紋ですね。
独乐是旋转的陀螺,这个词是由古代高丽国传到日本来的,据记载,平安时代陀螺就成了男孩子的玩具。独乐纹与丰臣氏有着不解之缘,是一种令人赏心悦目的家纹。

琴柱(ことじ):ことじと読みます。琴の弦につけ音程を調律するために用いる小物です。これを紋章化したものが琴柱紋です。紋様としては鎌倉時代、家紋になったのは足利時代とされています。その形の面白さに加え、風流を愛する日本人の嗜好がよく出た面白い紋ですね。徳川幕臣が用いた紋の一つだそうです。
琴柱读作“ことじ”,是用来调整琴弦、为琴正音的小物品,人们将其制作成“琴柱纹”。镰仓时代就用其作为纹饰,足利时代开始用作家纹。其形有趣,喜好风雅的日本人对此纹甚是喜爱,是德川幕臣选用的家纹之一。

釘抜き(くぎぬき):釘抜きといえば、現代人の我々は鋏状のやっとこを連想しますが、通常家紋で釘抜紋といえば◇状の座を図形にしたものです。これは本来、座金を表しており、テコと組み合わせて使用します。ですから元々は釘抜座紋と呼ばれ、時代が下って省略されて釘抜紋と呼称されるようになりました。「くぎをぬく」が転じて「九城をぬく」といわれ、戦勝をシンボルする家紋として使われるようになりました。縁起に加え形状がシンプルで、遠くからでもよく目立つため、多くの武将が用いました。あの蒙古襲来絵詞の中にも、この紋が描かれているそうです。
现代人会把“钉拔”联想为剪子状的钳子,通常被用作家纹的钉拔纹都是以菱形为基础的。原来是将垫圈和杠杆组合起来使用的,因此最初称之为“钉拔座纹”,随着时代的发展就将其简称为“钉拔纹”。作为家纹后象征着战争胜利,由“拆卸钉子”渐渐转义为“攻克城池”,再加上它形状简单,远远望去非常显眼,许多武将都用其作为家纹。《蒙古袭来绘词》中似乎有关于钉拔纹的描述。

車(くるま):車は古くから貴人に用いられました。平安時代は貴族の乗\り物として牛車が利用されたことは皆さんもご存じですね。家紋の車はこの牛車が元になっており、家紋として成立したのは鎌倉時代の初めです。正式には源氏車紋と呼称され、古い紋の一つです。車紋にはこれ以外にも、風車、水車をモチーフとしたものもありますが、通常車紋と云えば、この源氏車紋を指します。
车自古以来就为地位高贵的人所使用,众所周知,平安时代的贵族所乘坐的车称为“牛车”。作为家纹的车是由牛车发展而来的,到了镰仓时代才首次出现,正式称呼为“源氏车纹”,是古老的纹饰之一。除了车纹外还将风车、水车等设计成纹饰,通常所说的“车纹”指的就是“源氏家纹”。

久留子(くるす):久留子紋は別名十字架紋ともいい、ポルトガル語で十字架のことをクルスと呼んだからことから来ています。ご存じのように室町末期フランシスコ・ザビエルが布教のために来日、これを仏教僧侶の横暴を押さえたいと考えていた信長が利用する形で後援したため、たちまちキリスト教が西日本に広まりました。その結果、武家の中にも改宗するものが現れ、そのシンボルとして久留子紋が作られました。その後厳しい弾圧で使われなくなりましたが、いわゆる隠れキリシタンが巧みに十字架をアレンジさせて後世に伝えました。戦国大名の小西行長や島原の乱の天草四郎一味が使ったことは有名です。
久留子又称“十字架纹”,在葡萄牙语中就是“十字架”的意思。室町时代末期,福朗西斯科.萨皮尔莱日本传教,痛恨佛教僧侣并残忍对待他们的织田信长正好将其用作坚强的后盾,基督教很快就传遍了西部日本。结果,武家之间出现改革派,留子纹的诞生就是其象征。经历了严酷的镇压之后,隐居的天主教徒巧妙地改装了十字架,流传后世。战国时代的大名小西行长、长原之乱中的天草四郎一伙人就用其作为家纹。

轡\(くつわ):轡\は手綱をつけるため馬の口に装着する金具です。様々な凝った意匠のものがあります。尚武を意味するものとして家紋として成立したようですが、形状としては十文字轡\(十字形)が多く見受けられます。江戸時代はキリスト教が禁止されたため、十字架をカムフラージュする目的で使われたというエピソードもあります。また有名な島津の「丸に十文字」はそのような誤解を避けるため、轡\紋として呼称されたそうです。
马辔是为了让人们抓紧缰绳而在马嘴上装备的金属器具,马辔凝聚了许多种设计思想。马辔作为家纹表达了尚武的意义,因其形状为十文字轡\(十字形)而受到广泛欢迎。由于江户时代禁止基督教传播,人们为了隐藏十字架,就用十文字轡\来代替。有名的岛津家“圆形十文字”就是为了避免误解而称其为轡\紋的。

鍬形(くわがた):鍬形とは兜の正面に立てられた日本の角状の飾り金具のことを指します。クワガタムシの角に似ているので鍬形と称されたのでしょう。兜は武家が用いますので、この鍬形が家紋として使われるようになったのは必然です。使用家の有名どころとしてはとしては紀伊徳川氏が上げられます。珍しくも葵紋を使用していない一族です。信長、秀吉、家康の三人が兜をつけて天下を論じた夢を見た家康が、その記念に紀伊家に下賜したという逸話が残っています。
所谓的鍬形指的是头盔的正面,即日本式角状装饰性金属器具,由于像是锹形甲虫的触角,所以才会称之为“鍬形”的吧?武家使用头盔,因此使用鍬形作为家纹也是必然的,其中最有名的是纪伊德川氏——他们不使用葵纹,因此鍬形纹也成为珍贵的家纹了。预见到信长、秀吉、家康三人天下布武的家康,为了纪念起见,将鍬形赐予纪伊家。

豆蔵(まめぞう):近代になってからの新紋。元禄時代に豆蔵という大道芸人がいました。大変な人気者で人形(釣り合い人形)にもなりました。この人形は別名、弥次郎兵衛とも呼ばれ、庶民に愛されました。いまでも釣り合い玩具のことを、弥次郎兵衛と言いますね。
近代以来出现的新家纹。元禄时代街头艺人被称为“豆藏”,将其设计成两边对称的人偶娃娃。这个人偶别名是“弥次郎兵卫”,受到百姓的喜爱,即使到了现在也是一种很合适的玩具呢。

守(まもり):いわゆるお守りのことですが、守紋と呼ぶ場合は、祇園神社のお守り=祇園紋のことをさします。祇園神社は現在の八坂神社のことで、この家紋は祇園信仰から発生しました。神仏加護のいわれから、武家も使用していますが、八坂神社の信仰者が多い歌舞伎芸人も使用しています。ここに紹介した以外にも、たくさんの意匠バリエーションがあります。
所谓的护身符,称为“守纹”,在袛园神社守纹即“袛园纹”。袛园神社就是现在的八坂神社,是由袛园信仰发展而来的。由于八坂神社的信仰者很多,为了受神佛加护,许多武家和歌舞伎艺人都用这些护身符。除了列举在此的纹饰之外,还有很多种变形。

鞠(まり):その昔、中国から伝来した貴族の遊び「蹴鞠」の鞠を紋章化したもの。蹴鞠に使われる鞠は、直径25cm鹿皮で作られています。中央の細い線は、縫い目を模したもの。現代になってから作られた野球鞠などというものもあります。
鞠纹是将以前从中国传来的贵族游戏“蹴鞠”设计成的纹饰。蹴鞠所使用的鞠是由鹿皮制成,直径为25厘米的球,中间用细线缝合。现代的棒球就是模仿鞠制作的。

鞠挟み(まりばさみ):蹴鞠の鞠を挟んでおくための道具です。通常は正六角形の、六段鞠挟みがポピュラーですが、中には八角形のものもあります。珍しい紋ですが意外と使用家が多いようです。形が幾何学的で美しいからでしょうね。
夹带“蹴鞠”之鞠的道具,通常流行的是正六角形,六边夹着鞠,中间是八角形的东西。鞠挟纹是一种很珍贵的家纹,但是使用者不少,大概是因为其外形体现了几何图形的美吧?

枡(ます):枡は分量を量るための四角い器のこと。これを幾何学的な紋様に表したものが枡紋です。枡には「増す」という意があるため。目出度い物ともされています。四角に対角線入りの「弦マス」、大小のマスを入れ子にした「入れ子マス」、重ねあわせた「重ねマス」などのバリエーションがあります。マスだけの紋もありますが、植物などのモチーフと組み合わせる形態も、多く見られます。
枡是用来测重的四角形容器,人们用几何图形来设计枡纹。枡的意义是“增加”,多数指的是增加幸运。贯穿四角形对角线的“弦枡”、大枡中放入小枡的“字母枡”、以及和植物项组合而成的枡纹比较多见。

的(まと):请参照“矢”。

熨斗(のし):祝い事に使われる熨斗(のし)はアワビの肉を薄く剥いで乾燥させた物です。古来縁起物として、儀式や祝い事に用いられますが、その起源は「のし」という言葉が「延長」を意味することで、ひいては末永く発展することに通ずるからとされています。戦国時代には、家紋として成立していたようです。
在庆祝祭典上使用的熨斗是用来将剥皮后的鲍鱼弄干的物品。自古以来熨斗就在各种仪式祭典上被使用,熨斗(のし)原来是“延长”的意思,无论发展到什么时候都有这样的意思。战国时代人们将它设计成家纹。

扇(おうぎ):団扇を携帯用に便利に折りたためるようにしたものが、扇です。実用性だけでなく優雅な身の回り品として、現代でも様々なシーンで使われていますね。和の紋様としても人気があります。古来、扇には神が宿ると信じられており、守護的な意味合いがありました。武家の軍配に使われることもあったようです。また形状が末広がりなので縁起がよいとされ、家紋として成立しました。ビジュアルな紋様ですから様々な家紋のバリエーションがあります。
能折叠起来方便携带的团扇称之为“扇”。扇不仅实用,而且旋转起来外形优雅,现代各种场面上都能见到。扇子作为日本式的纹饰也很受欢迎。古人相信扇子被神灵依附,代表着守护的意味,似乎也可以用作武家的军用装备。其形状由底部开始向上展开,用意吉祥,人们将其设计成家纹。由于是视觉性的纹饰,因此有各种各样的变形。

輪宝(りんぽう):古代インド人の信仰から生まれた想像上の武器です。絶大なる威力を発揮するスーパーウェポンで、仏教が伝わった日本でも、密教の仏具として今日に伝わっています。紋の成立は古く、平安鎌倉にかけて寺院関係で広まったとされています。車輪型のシンボルですが、多様なデザインが見受けられます。いずれもエキゾチックな雰囲気がありますね。
从古代印度人信仰中产生的想象武器,发挥其超大的力量,随着佛教传入日本,作为密教的佛具至今仍在传播。平安镰仓时代,轮宝被设计成家纹,由于寺院的关系迅速传遍全日本。外形是车轮,有许多种变形。无论怎么看都充满了异国情调呢。

算木(さんぎ):算木とは中国古代の計算用器具のことです。6つの木片を組み合わせて使います。易(占い)に用いられたことから、神聖なもとして尊ばれたようです。引両紋とよく似ていますが、棒の長さがすべて同じですので、見極めは簡単です。
算木是中国古代计算用的器具,由六块木片组成。由于算木用于占卜等神圣事项而受到尊崇。和引两纹很相似,棒长完全相同,要区分出来还是很简单的。

鈴(すず):鈴は古来より、東西通じて神聖なものとされてきました。鈴紋を用いている家は少ないのですが、熊野神社の神官鈴木氏にその例が見られます。鈴は神具の一つ(神鈴)でもあり、苗字との由来があるからでしょう。
铃自古以来就是贯通东西的神圣物品,用铃纹的家族很少,熊野神社的神官铃木家就用铃作为家纹。铃是神具的一种,苗字的由来也是缘于此吧?

将棋駒(しょうぎこま):将棋は、奈良時代に遣唐使などからもたらされ、その後室町時代末期に現代のルールに落ち着いたとされています。コマはシンプルで面白い形状ですから、家紋として採用されたのでしょう。
将棋是奈良时代由遣唐使带回日本的,后室町时代末期已经形成现代象棋的规则了。大概是因为駒的形状简单有趣,人们才把它用作家纹的吧。

玉(たま):玉は宝珠を指し、宝珠とは宝とすべき珠のことを表します。宝珠は、アラジンのランプのように思いのものを取り出すことできるとされています。一個欲しいですね。形状としては、火炎を噴き出しているバリエーションがあります。
玉指的是宝珠,所谓的宝珠就是宝和珠子的组合。宝珠取自于阿拉丁神灯中出现的精灵,真想要一个啊。宝珠还有喷火后烈焰燃烧的变形。

槌(つち):家紋に使われているのは、金槌ではなく木槌です。敵を討つ、あるいは打ち出の小槌など、縁起のよいところから、紋章になったとされています。比較的新しい紋で、江戸時代の紋帳に出てきます。形がユーモラスで楽しいですね。
用作家纹的不是金槌而是木槌。讨伐敌人的时候用来敲锣打鼓的小槌子,象征着吉祥,因此将它设计成纹章。槌属于比较新的纹饰,是江户时代才开始做家纹的,形状充满了幽默。

鼓(つづみ):つづみには太鼓も含まれますが、家紋に用いられるには、胴のくびれたいわゆる小鼓です。バリエーションも多く、意匠としては面白い紋ですが、実際に使われている例が少ないとされています。
鼓包括太鼓以及像人腰身那样的小鼓(后来设计成家纹)。有很多种变形,是一种设计独特的有趣纹饰,实际用得却很少。

鼓胴(つづみどう):请参考“鼓”。

丁板(ちょうはん):別名、雲版(うんぱん)ともいいます。禅宗で用いられる言葉で、修行僧に食事を知らせる打器のことです。青銅製で雲の形を刻んでおり、面白い模様であることから、衣服の紋様としても使われたとのことです。禅宗ゆかりの家紋といえましょう。
别名“云版”,是禅宗所用的词语,敲打后告知修行僧吃饭时间。将青铜制的板雕刻成云的形状,样子很有趣,也可以用于衣服的纹饰。由于禅宗的关系而成为家纹。

団扇(うちわ):団扇は、紙を貼った一般の団扇、天狗が持つとされる羽団扇、戦場の采配に用いる軍配団扇の3つに大別されます。形状の面白さに加え、その実用性や天狗伝説、采配の道具として武家にも縁が深いところから、様々なデザインバリエーションがあります。源平盛衰記にはすでに旗印として使われていたという記述があります。
团扇包括贴纸的一般团扇、天狗持有的羽团扇、战场上发号施令用的军配团扇三大类。其形状有趣、比较实用,又是天狗传说、发号施令的专用道具,和武家关系密切,因此人们为它设计了许多种变形。《源平盛衰记》记载到团扇已作为旗印而使用了。

綿(わた):結綿(ゆいわた)ともいいます。結綿はただの綿でなく、祝い事の進物に用いられるもので、本来は神前に備える神聖なものでした。そういったゆわれから、慶事のシンボルとして家紋に採用されたようです。綿を五束に結わえた意匠が通常ですが、さまざまなデザインバリエーションがあります。
绵又称“结绵”,结绵并不是普通的绵,而是庆典时进献给神的物品,原本是放置在神前的圣物。由于绵象征着庆祝性的活动,人们就将其设计成家纹。通常是将五束绵打在一起,后来渐渐设计出各种各样的变形。

矢(や):弓矢は古代から狩猟の道具として、あるいは武器として使われてきました。古来「弓矢取り」といえば武士を意味するぐらいです。神事・儀礼はもちろんのこと、当たり外れがあるからでしょうか、占いにも用いられてきました。武家は当然のことながら、尚武を尊びますから、弓矢が紋章化されたのは必然です。弓紋、矢紋に大別されますが、形が幾何学的で美しいからでしょうか、矢紋の数は多く、さまざまなバリエーションが生まれています。
弓矢是自古以来狩猎用的道具,后来用作武器。古时候“搭弓射箭”代表武士的意思。无论射箭技术如何,弓箭都是神事、仪礼必需的器物,后来用以占卜。弓箭是尚武的象征,武家当然要用弓箭,因此弓箭成为纹章是必然的趋势。弓纹、矢纹有很大的区别,人们将其设计成几何图形,外形美观,矢纹的数量很多,有派生出许多变形。

矢筈(やはず):この項「矢」を参照。ちなみに矢筈とは、本来矢を弓につがえるための凹状の窪みをさしますが、家紋では矢羽根そのものの形状のものも指します。
请参照“矢”。顺便说一句,所谓矢筈本来是连接弓和箭的凹洞,制成家纹后指的是箭末端羽毛的形状。

矢尻(やじり):この項「矢」を参照。ちなみに矢尻とは、矢の先の突起物(突き刺すための金属部分)を指し、矢先と呼ばれることもあります。形状については三角状だけでなく、鍬形状、二股状などの形態も見受けられます。
请参考“矢”。顺便说一句,所谓的矢尻本来是箭前端的突出物(用来突刺的金属部分),也称为“矢先”,有三角状、锹形状、二股状(分成两股)等各种形状。

弓(ゆみ):この項「矢」を参照。弓紋には弦を張った弓張紋、矢と組み合わせた弓矢紋があります。弓張紋は何帳かの弓を組み合わせて、紋様化されています。
请参考“矢”。弓纹包括拉开弓的“弓张纹”以及弓箭搭配的“弓矢纹”。弓张纹可以和各种式样的弓组合,形成更多种纹饰。

銭(ぜに):銭と云えば、皆さんご存じ戦国大名の真田氏が使った六連銭(真田銭)が有名ですね。日本が本格的な貨幣経済に入ったのは安土桃山期以降で、それまでの貨幣はほとんど中国からの輸入によるものでした。永楽銭その代表であり、家紋になったのは、永楽の文字が縁起がよいとされたからという説もあります。鎌倉時代にはすでに家紋として成立していたようで「蒙古襲来絵巻」に六連銭の旗が翻っています。その六連銭の由来は仏教の六道銭です。銭六文を三途の川の渡し賃とし、地蔵尊に六道の衆\生を救ってもらうという、地蔵信仰から生まれた家紋です。
说到钱,我们会想到著名的战国大名真田氏所用的六连钱(真田钱)。日本正式进入货币经济时代是在安土桃山时代之后,至此货币几乎都是从中国流入的。永乐钱是其中的代表,将其制作成家纹,据说是因为永乐两字象征着吉祥。镰仓时代钱已经被设计成家纹,《蒙古袭来绘卷》中就有刻着六连钱的旗帜随风飘扬的画面。六连钱来源于佛教的六道钱(六道为地狱、饿鬼、畜生、阿修罗、人间、天上六个迷界)。人死后在经过三途川的时候需要把这六文钱放在棺材里作为渡河费,以祈求六道里的地藏能拯救自己的灵魂,由于地藏的信仰而将其设计成家纹。

源雪翎 发表于 2009-7-12 16:43

几何纹

引き(ひき):引きは、正しくは引両(ひきりょう)といい、横に引かれた直線を指します。紋としての起源は明らかではありませんが、横に力強く引かれた直線に武家の気骨がよく現れています。引きの数は一つ引きから八つ引きまであります。足利氏が二つ引きを用いたところから、関東に多い紋です。
引纹其实应该叫做“引两纹”,指的是横向拉开两条直线的纹饰。什么时候被设计成家纹我们不得而知,强有力地横向拉开两条直线是武家风骨的良好体现。引纹包括一条直线到八条直线不等,足利家使用两条直线的引纹,这种纹饰在关东很多见。

菱(ひし):菱の語源についてはヒシの実(沼に自生。食用で鋭いトゲがある)から転化した説が有力です。紋様としては飛鳥時代からすでに使われており、家紋としても平安時代には成立しています。色々なデザインバリエーションがありますが、他の紋と組み合わせても使われます。菱と唐花(花菱など)の組合せはポピュラーです。

一般的には武田菱が有名ですが、何より世界中に知られたものとしては、菱を三つあわせた三菱ですね(寄せ三菱)。武田氏の末裔岩崎弥太郎が、自家の三階菱をアレンジして創案したものだそうです。
对于菱的原义最强有力的说法是指一种水草的果实(在池塘边自生,尖尖的形状可以食用)。飞鸟时代人们将其用作纹饰,平安时代设计成家纹。菱纹有多种变形,可以与其他纹饰自由组合。菱和唐花组成的花菱很受人们欢迎。

蛇の目(じゃのめ):蛇の目というと、蛇と関係があるのかなと思ってしまいますが、蛇の目を思わせる形状から付いた名です。元々は弓の弦を巻き付ける道具をかたどった紋であり、別名弦巻(弦巻)紋とも呼びます。武具にゆかりがあるだけでなく、シンプルで力強い紋様ですから、古くから使われていたようです。
蛇目纹与蛇密切相关,应该就是按照蛇目的形状设计的纹饰。原来只是缠绕着弓弦的一种道具,设计成纹饰后别名为“弦卷纹”。蛇目不光是一种武器,而且是一种设计简便、力量强大的道具,因此蛇目纹似乎自古以来就被广泛使用了。

角(かく):角はツノとも読みますが、ツノはいわゆる動物のツノのことで、家紋ではツノ紋として別に分類されていますので、間違えないように。角は出張ったカドを表しますが、混用しやすいものに隅(スミ)があります。隅はその名の通り凹んだカドのスミを表す言葉です。紋の形態としては、幾何学的な直線だけで構成されたシンプルなものと、他の紋の輪郭を枠取る形態のものに大別されます。さらに角の形状のバリエーションも多く、さまざまな呼称で区別されています。
角也可以读作“ツノ”,是动物的犄角,设计成家纹之后另外加以分类,就不容易搞错了。角是向前伸出的样子,隅是指凹进去的角落,两者很容易搞混。角纹的样子是简单的几何图形直线,作为其他图形的轮廓,可以通过中间的图形加以区分。而且角的变形多样,有各种各样的称呼。

唐花(からはな):唐花は唐草と同じで実在する植物名ではなく、唐風の植物模様といった程度のものです。呼び名の通り大陸から伝来した紋様で、奈良時代には使われていました。家紋に使われている唐花の花弁数は四~八弁と様々で、蔓や剣と組み合わせたものなど、多様なデザインが見受けられますが、一般的には五弁のものが多いようです。美しい紋様の一つです。
唐花和唐草相同,都不是真正的植物名,而是做成唐式植物的样子。这些名称来自中国大陆的纹饰于奈良时代开始被使用了。唐花用作家纹后与蔓、剑等组合,变形多样,花瓣数在四瓣到八瓣之间,一般来说以五片花瓣居多。唐花是一种很美观的纹饰。

亀甲(きっこう):亀甲は正六角形の幾何模様のことを指し、亀の甲羅模様に似ていることから、その名称がつきました。亀は目出度い動物とされているので、瑞兆的な紋様とされています。他の紋と組み合わせて使われることが多く、形態的には一重の線で描かれたものと、内側に細い線が付け足された子持ち亀甲の二つがあります。使用事例としては出雲大社が代表格で、出雲地方に多い家紋です。社章としては、皆さんご存じキッコーマンが有名ですね。
龟甲纹指的是正六角形的几何图案,近似于龟的甲壳样子,因此而得名。龟是一种幸运的动物,因此被设计成象征吉祥的纹饰。龟甲与其他纹饰进行组合,用一条粗线描绘其外形,内侧用两条细线勾勒出内含的龟甲。龟甲是出云神社的代表纹饰,在出云国很多见,著名的龟甲万社章就是其中之一。

九曜(くよう):九曜紋は星紋の一つです。真ん中の大きい星が太陽、回りの八つの星は太陽系を巡る惑星をかたどっています。太陽や月、星は古代から信仰の対象ですから、この紋が生まれたのは必然です。星紋では一番よく使われている紋で、九曜紋以外では、毛利氏が使った三星紋、七曜紋、十曜紋などがあります。
九曜纹是星纹的一种,正中间是一颗很大的恒星,即太阳,周围的就是围绕太阳转的太阳系八大行星。自古以来人们将太阳、月亮和星星当作信仰的对象,因此生成这样的纹饰是必然趋势。星纹是使用率最高的纹饰,除了九曜纹之外,毛利家还用过三星纹、七曜纹和十曜纹等纹饰。

松川菱(まつかわびし):菱に上下に更に小さな菱を付けたデザインで、その形状が松の外皮に似ていることに由来します。日本特有の紋様とされています。
在菱纹的上下两端再加上更小的菱而产生,形状像是松树的外皮,因此而得名。它是日本特有的纹饰。

目結(めゆい):結(ゆい)というのは結ぶことです。髪結いなどといいますね。この場合の目は「間」「穴」のことを指します。目結いとは糸を使った絞り染めの技法のことで、鹿子絞りとも呼ばれます。この言葉は平家物語にも登場しますので、相当古くからあった技法のようです。染めた紋様の形状を家紋にしたものが目結紋です。美しく印象的な紋で鎌倉時代には、相当使用されたようです。方形の四ツ目が主流ですが、菱形のものも見受けられます。
结指的是连结,也可以指发结,而目指的就是“间”和“穴”等物。目结指的是将布扎紧染成白色花纹的一种染法,因此也称为“鹿子绞”。《平家物语》中多次出现这个词,是相当古老的技法之一。染后的纹饰制成家纹“目结纹”。镰仓时代人们已经大量运用这种形象美观的纹饰了。最主要的样式是方形的图案中间有四个小孔,菱形的图案也很常见。

村濃(むらご):村濃とは同じ色の濃淡で染め分けた模様のことをいいます。いわゆるグラデーションですね。それぞれの家の色を染め分け戦旗として戦場に美しく翻ったそうですが、いつしか実用的にグラデーションがなくなり、現在の形になりました。点々模様はその名残とされています。
所谓的村浓是将同一种颜色染成不同深浅不同的样子,这种染法被称为“浓淡法”。各个家族使用颜色不同的战旗,在战场上迎风飘扬的样子美不胜收,不知不觉中浓淡法已变成一种很实用的现代染色法。纹饰中很多小点是染后的残留物。

七宝(しっぽう):七宝というと、焼き物やアクセサリーに使われる七宝焼きをイメージしますが、本来は仏教用語で、金銀、瑠璃、瑪瑙、真珠など、七つの宝物を表す言葉です。家紋の形状としては、あまり宝物とは関係のない形ですが、幾何学的に織りなされる模様は、モダンで美しいものです。名奉行大岡越前守を出した大岡氏がこの紋を使用しています。
说到七宝,人们会想到吃七宝烧时使用的陶瓷餐具和其他配件,原来七宝是佛教用语,包括金银、琉璃、玛瑙、珍珠等七件宝物。制成家纹后七宝纹和宝物并无多大关系,而是将各种织物几何图形化后的现代装饰物。名奉行大冈越前守所在的大冈氏就用此作为家纹。

巴(ともえ):巴は、元々は弓を引くとき左手の肘に巻き付け、腕を保護するための武具(鞆絵=ともえ)をかたどったものとされています。この武具は渦巻き型ですので、ご先祖様が、これに巴(は)という漢字を当て、ともえと読ませたそうです。ゆえに巴はいつの頃から武具を意味指す言葉ではなくなり、渦巻きを表す言葉になりました。巴紋様は、卍や十字などと同じく日本だけでなく、世界各地で使われています。お隣の韓国でも国旗で使われていますね。あのデザインは陰陽思想が反映されたものとされています。我が国では、巴の形に神秘性を見いだし、神紋として尊重されました。北関東に非常に多い家紋です。
巴原来是射箭时戴在左手肘上的护肘,是起到了保护作用的鞆绘。由于这个护甲是漩涡型的,先祖用汉字“巴”来书写它,读作“ともえ”。因此巴不仅自此表示护甲的意思,还代表漩涡的意思。巴纹和卍字纹、十字纹一样不光是在日本,而且在世界各地都有使用。邻国韩国的国旗就是巴字纹。巴纹的设计反映了阴阳思想,在我国巴的形象极富神秘性,人们将其奉为神纹。北关东地区的许多武士都用巴纹作为家纹。

鱗(うろこ):鱗紋は、古くから用いられてきた単なる三角形の幾何学紋様のひとつで、その形状が魚の鱗を連想させるところから、鱗紋と名付けられたそうです。代表的な使用家としては、あの北条氏が「三つ鱗」を用いています。紋様としても、シンプルかつ強い印象を与えるデザインですので、歌舞伎の衣装に用いられていますね。
自古以来所使用的鳞纹仅仅只是一种三角形的几何图形,它的形状很像鱼的鳞片,因此人们称它为“鳞纹”。北条氏的“三阶鳞”是使用鳞纹的代表。人们赋予鳞纹简洁的外形与强势的力量,歌舞伎的服装也是用鳞作为纹饰的呢。

輪―糸輪:輪はその名の通り丸形の輪の形をした紋です。輪は旧い時代には少なく、戦国時代に大いに流行したそうです。他家との識別に便利であるように、あるいは宗家分家との区別など、様々な意図で用いられたのでしょう。輪にはふとさの順に、厚輪、太輪、中太輪、丸輪、中輪、細輪、糸輪、毛輪など、たくさんのバリエーションが見られます。具象的な変形としては波輪や雪輪があります。輪だけを幾何的に組み合わせた輪違いというのもあります。 輪はそのままで用いられることは少なく、たいていは他の紋の外輪として使われています。丸形にするとシンボル性が明確で、どんなものにも配置しやすいからでしょうか、大変好まれており、通常よく使われる紋のうち、三分の二が丸形らしいです。日本人は丸が大好きなのですね。
轮顾名思义就是指圆形轮子的样子。古代轮子很少,战国时代开始大量流行起来。轮纹很容易与其他纹饰辨别开来,尤其能将本家和分家相区别,出于各种目的人们采用轮作为家纹的吧。按照轮廓的粗细可以分为厚轮、太轮、中太轮、圆轮、中轮、细轮、线轮、毛轮等多种变形,还有变成波轮与雪轮等具体图形,还可以将轮环环相扣组成套环。单单用轮的图案很少,大都是以轮为轮廓,其中放入其他图形而设计成家纹。圆形是一种很简明的图形,无论怎么搭配都很容易,因此很受人们欢迎,这些常用的轮纹中有三分之二似乎是圆形图案。日本人真是很喜欢圆形啊。

輪―その他、輪違い(わちがい)、輪―中輪、輪―細輪、輪―雪輪都请参考“輪―糸輪”。



自然纹

日足(ひあし):日足とは日光、太陽光線のことです。昔の人は陽に足が生えているという面白い表現をしたものですね。私たちの祖先はエネルギーの源である太陽を信仰しました。が、日輪は皇室との関係があり、紋章としては一般に用いられず、文様に使われることが多かったようです。日の丸は戦国時代にも使われていますが、戦場で敵味方の判断をするために、日の丸に足をつけて差別しました。これが日足紋の始まりです。有名な所では武田信玄、上杉謙信など、江戸期には伊達、望月氏らが用いました。北九州にこの紋を使用する家が多いとされています。
日足即日光,也就是太阳的光线。古人将日光画成太阳从旁伸出脚的有趣样子。我们的祖先相信一切能源来自太阳。因此日轮和皇室关系密切,很多人便将其用作纹章。战国时代人们使用太阳旗,在战场上为了区分敌我双方,通过太阳的“足”来加以区别,这就是日足纹的源头。战国时代有名的武田信玄、上杉谦信等,以及江户时期的伊达、望月氏都用此作为家纹。北九州使用日足纹的家族也很多。

星(ほし):太陽、月、星など、天体は運\命を司る神として古来から信仰の拠り所です。星では、天にあって唯一動かない天体「北極星」、その周りを廻る「北斗七星」は古来から信仰の対象となってきました。また三つ星は勝ち星といって、戦いに勝つ三つの大将を表わしています。ですからオリオンの三つ星(将軍星)も信仰されました。
自古以来人们都深信太阳、月亮、星星等是主司命运的神明。说到星星,天上唯一恒久不动的“北极星”以及围绕其旋转的“北斗七星”自古以来就是人们信仰的对象。另外,猎户星座被称为“胜利之星”的三星代表着战争时取得胜利的三员大将,因此人们称之为“将军星”并产生由衷的信仰。

稲妻(いなずま):稲光が豊作をもたらすとの信仰から、室町時代から家紋として使用されています。紋様は直線が繋がりながら曲折していく幾何学的模様で、古くから各種の器物や建築などに用いられています。稲妻紋は雷紋ともいい、色々なデザインパターンがあります。この紋はその特殊性から呪符のようなイメージがあり、ポピュラーな家紋ではありませんが、意匠的にはとても面白いですね。
稻光象征着丰收,室町时代开始人们将其设计成家纹。纹饰是直线相互折叠连接的几何图案,自古以来就用作各种器物和建筑的纹饰。稻妻纹又称“雷纹”,有各种各样的变形。由于稻妻纹的这种特点,人们将其设计成咒符,虽然没成为很受欢迎的家纹,却的确是很巧妙的设计。

雲(くも):雲は変幻万化にその姿を変えます。ですから古来から「瑞雲がたなびく、すなわちめでたい」などと、その形で吉兆を占われました。その瑞兆にちなみ、文様や家紋に用いられています。
云的姿态千变万化,经过占卜人们得出象征吉兆的云形,因此古代才会有“瑞云叆叇,可喜可贺”等说法。仿照其瑞兆的形态,人们将其设计成纹饰和家纹。

波(なみ):波はそのダイナミックな造形と、龍神に代表される海の神・水の神をイメージするところから、尚武を愛する武士の気質にあうものとして、家紋に採用されたようです。戦国時代、美濃の斎藤道三が斎藤家の定紋に代えて、「二頭波紋」を自分でデザインした逸話や、ウサギを添えた波丸は謡曲「竹生島」によったものとして有名です。現在は茨城県以北の太平洋側に見受けられ、西日本には少ない紋です。
波涛的造型很有生气,仿照代表着龙神的海神和水神形态设计,体现武士尚武的气质,因此将其用作家纹。战国时代美浓的斋藤道三将其作为斋藤家的固定家纹,自己设计出“二头波纹”,兔子和波丸是谣曲“竹生岛”中有名的两项事物。现在我们只能在茨城县以北的太平洋沿岸地区看到这种纹饰,在日本西部已经很少见了。

州浜(すはま):平安時代から見られる古い文様の一つです。洲浜とは海岸に面した浜辺にできる島形洲(三角州)のことです。また洲浜は、中国の蓬莱山を真似て平安時代から祝賀の席に設けられた調度品(洲浜台)という意味もあります。江戸時代には婚礼の飾りものとして用いられました。このことから縁起がよいとされて、家紋に用いられるようになったされています。基本形は丸を三つ組み合わせたものですが、バリエーションも多くあります。柔らかい曲線が持ち味です。関東地方に多い紋です。
自平安时代以来我们所能见到的古老纹饰之一。洲浜是在海边形成、面对海岸的岛形洲(三角洲)。洲浜又是平安时代人们逼真模仿中国蓬莱仙岛而设计、庆祝台前放置的物品台(洲浜台)。江户时代作为婚礼上的饰品而使用。由于洲浜象征着吉祥,人们才会将其设计成家纹的吧。大体上是三个圆形的组合,也有很多种变形,曲线柔和、设计独特,是关东地区常见的家纹之一。

月(つき):月は古代より人々に親しまれ尊敬された自然神でした。月辰信仰とその美しさから紋に採用されたのは当然といえましょう。図形的にはシンプルな三日月、八日月、弦月、満月などの月形のものと、色々な図案と組み合わされた美しい意匠のものが多いですね。戦国時代の武将伊達政宗が月を信仰していたのは有名ですし、浄土宗の宗紋は月影杏葉です。
月是与古人有密切联系而受人敬仰的自然神,因为如此美好的月辰信仰而将其设计成纹饰吧?月纹采用简单的图形,包括三日月、八日月、弦月、满月等月形,组成各种各样的图案,构思巧妙、类别多样。战国时代的名武将伊达政宗信仰月亮,而净土宗的宗纹则是月影杏叶。

山(やま):山も古来から信仰の対象とされてきました。特に、ひときわ形の美しい山や高い山は、神あるいは祖霊の棲む霊地として、家紋のモチーフとして採用されました。当然富士山の人気が一番ですが、阿蘇山、霧島山なども家紋になっています。山紋の仲間には、シンプルな山形紋、屈曲した山路紋があります。
山也是自古以来受人敬仰的对象,尤其是形态优雅的山和高山、神明祖灵气息的灵山,更是被借来设计成家纹。当然最受欢迎的还是富士山,阿苏山、雾岛山等也被设计成家纹。家纹中既有简单的山形纹,也有蜿蜒而上的山路纹。

山形(やまがた):瑞兆をシンボルとした山紋の仲間です。1~3個の山からなるシンプルなデザインが特長です。
请参考山。山形是象征吉兆的山纹中的一种,其特点是由1-3座山组成,设计简洁明了。

雪(ゆき):雪の結晶は神秘的かつ美しい姿をしており、古くは六出、六花ともいわれ、風流人に愛好されました。また雪は豊年の印として縁起がよいとされています。雪そのものの結晶形をかたどったものは初雪、降雪および雪の三種です。多くは笹やナズナなどと組み合わされて使われています。また雪輪紋といって他の紋の外輪に使われることもあります。
雪的结晶神秘而美丽,古代就有六出、六花之说,尤为风雅人士之喜爱。雪又是丰收年和吉祥的象征。雪的外形呈结晶形,分为初雪、降雪和预备雪三种,多数情况下都是和笹、荠菜等植物进行组合后的产物。此外,人们将雪轮纹视作其他种类的轮纹而使用。

夜神俊光 发表于 2009-7-12 17:08

哇~~~~~小雪好厉害啊。。。翻译了那么多啊。。。

话说我还没找到喜欢的家纹 = =

北宫伯玉 发表于 2009-7-12 19:37

版主给个精华啊。。。

神宮司千哉 发表于 2009-7-12 19:43

回 6楼(足利乙飞) 的帖子

老大,等LZ整理完再给。
初稿的错误和排版的问题还存在着,给精华还为时尚早。
待LZ整理完了再定夺。
以上。报告完毕。

源雪翎 发表于 2009-7-12 19:51

回 7楼(木寺宫夕雾) 的帖子

偶考虑着是不是要加密作为浪人的独有财产,一加密排版就这样了。要么不加密了?排版效果会好一些~~~
已经整理完毕,偶也把偶能找到的错误都改掉了,方便的话请大人们校译一下~谢谢~~~

長門元胤 发表于 2009-7-12 20:27

江户时代的葵纹是外姓武士的戒律,是德川将军家权势的象征。

这句话最好阐释一下,而不是简单的将单词的意思翻译过来,“葵纹是戒律”,不觉得这是个病句么?

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もともとは二葉葵紋または加茂葵紋と呼ばれ
本来二叶葵纹和三叶葵纹作为京都加茂神社的神纹

多了一个三叶葵纹,不知从何而来?


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加茂社と縁の深い神社はすべてこの紋を用いており、京都には徳川氏に縁のない使用家があります。      
在与之有因缘的神社中随处可见,当然也有不用德川家纹饰的家族

适当的翻译是:与加茂社有所关联的所有神社都使用葵纹,另外在京都也有与德川氏毫无关系的家族使用此纹。

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三河国松平郷が賀茂神の神領で、松平氏はその有力な氏子であったことがその理由とされています。   
三河国松平乡贺茂神的神领内,由于松平家在当地是很有权势氏族,他们也适用德川家的葵纹。

适当的翻译为:三河国松平乡是贺茂神的神领,松平氏作为贺茂氏的一支,因此也使用了葵纹



以上,待我继续寻找

長門元胤 发表于 2009-7-12 20:44

別名を優曇華ともいうそうです
又称作“优云花”。

不是“云”,是“昙”=   =
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江戸時代、商人に好まれた家紋でもありました。
而且花菱也是江户时代商人们津津乐道的家纹

津津乐道是“说个不停”的意思,这句话中只有“喜好”而无“说个不停”的意思,故个人感觉应翻译为:花菱在江户时代也是深受商人们喜爱的家纹。这样子似乎更为妥当


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据说,为了将银杏纹引入日光东照宮,德川家入赘松平家并采用之前的银杏纹。

这句话我怎么没看到原文?

長門元胤 发表于 2009-7-12 21:15

この花菱は武田家の裏紋でも知られています
花菱是武田家的内纹

里纹就是里纹,这个固定的翻译,不能用其他理解随意替代


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よく似た紋に花角紋がありますが、花角が角が立ち正方形の形になっていることに対して、花菱は菱の形になります   
很像花角纹,与呈正方形的花角不同,花菱却是呈菱形的

适当翻译为:虽然有与其相似的花角纹,但与呈正方形的花角不同的是,花菱是呈菱形的。

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给楼主点建议,勿怪:咱觉得连词之类的不能省略,翻译不是讲求“信、达、雅”,么?只有做到了“信”,才能“雅”啊

螺旋真理 发表于 2009-7-12 21:45

看到了蓮華,似乎直接译成了汉语的莲花。但蓮華源自印度,是指一种印度特有的睡莲,和中土的莲花还是有区别的。依百度百科,有:(1)波头摩:红莲华。汉译佛典中,此词常被迳译为“莲华”。(2)优钵罗:又译优钵华,即青莲华。(3)泥卢钵罗:青莲。(4)拘勿头:黄莲华、白睡莲。(5)芬陀利:白莲华。为最上等、最殊胜的莲华。
故建议翻译是直接用汉语中现成的“莲华”一词就好。

吉川小枝 发表于 2009-7-12 22:39

呃,100知行,咱过两周再来 .... ....

源永泉 发表于 2009-7-13 11:04

唉。。。居然看不到。。姐姐好坏哦。。。。

源雪翎 发表于 2009-7-14 15:28

谢谢楼上几位提醒~~~偶突然发觉植物纹有串行现象~~主要是因为日文注释偶是翻译好后加上去的,还请各位见谅~~~

神宮司千哉 发表于 2009-7-15 23:54

版主公示。
欢迎各位日语高手前来纠正和校对。
(目前还在本阶段中)
在整理完毕后公示五日,授予精华。

立花早擊女 发表于 2009-7-22 15:30

新人是没办法学习的了。。。

真田信繁 发表于 2009-7-29 01:11

不知道这算不算已经定稿的东西。。。
偶只看了最后一段就有两处错误。
看来lz还需要再仔细的捉虫。

雪(ゆき):雪の結晶は神秘的かつ美しい姿をしており、古くは六出、六花ともいわれ、風流人に愛好されました。また雪は豊年の印として縁起がよいとされています。雪そのものの結晶形をかたどったものは初雪、降雪および雪の三種です。多くは笹やナズナなどと組み合わされて使われています。また雪輪紋といって他の紋の外輪に使われることもあります。
雪的结晶神秘而美丽,古代就有六出、六花之说,尤为风雅人士之喜爱。雪又是丰收年和吉祥的象征。雪的外形呈结晶形,分为初雪、降雪和预备雪三种,多数情况下都是和笹、荠菜等植物进行组合后的产物。此外,人们将雪轮纹视作其他种类的轮纹而使用。   

预备雪。。。
断错句了 および-〉和
また雪輪紋といって他の紋の外輪に使われることもあります
大意是,还有一种类型称为雪轮纹,是作为其他家纹的外轮而使用的。

上杉政隆 发表于 2009-10-2 23:28

竹(たけ):古来「松竹梅「と賞されるように竹はめでたいものと代表に置かれています。奈良時代には既に文様として使用され、その積雪に耐える強靱な生命力が家紋にふさわしいとされたのでしょうか、室町時代には家紋として普及しました。竹笹紋は「竹紋・笹紋・根笹紋」に大きく分類され、主に孟宗竹や、若竹、熊笹、五枚笹などが図案の対象になっています。上杉氏の影響により関東から北日本に多い家紋です。 $X]v;B)J|
请参考“笹”。自古以来人们就很欣赏“松竹梅”,竹也就成了其中的代表。奈良时代竹就被用作纹饰,室町时代已经普遍用之为家纹,大概是因为竹在积雪中强大的抗寒生命力吧。竹笹纹大致分为“竹纹、笹纹和根笹纹”三种,主要有孟宗竹、若竹、熊笹、五枚笹等几种图案。受到上杉氏的影响,自关东起往北的地区许多武家都用其作为家纹。


我很喜欢的说
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查看完整版本: 【原创翻译】浪人家纹中日对照版(完成)